Episode.1
番外編です!
――――――――――――
「私、この子大好き!」
そう言って、未だ五歳の少女は、絵本に描かれた 灰かぶり姫 を指差した。
「そうね。シュリならなれるかもしれないわね!」
「それなら、お父さんが王子様になってやろうか?」
「うん!」
そう言って父親に抱きついたのが、両親との最後の記憶だった。
番外編-Shri’s love-
突然の事だったらしい。
二人揃って、街中で刃物を持って暴れている男に刺され、絶命した。
シュリの両親との再会は、火葬場でだった。
元々は、腹から内臓が飛び出ていたり、首は半分くらいまで切り込みが入れられていたらしいが、火葬場の人達が、両親の遺体を綺麗に整えてくれたおかげで、二人とも、何事もなかったかの様に、棺の中で安らかに眠っていた。
当時五歳だったシュリは、暫く放心状態だった。
言葉をあまり発さなくなった。
その後シュリは、近くに住んでいた親戚の家へと引き取られた。
その家には、叔父と叔母の二人が住んでいた。
話によると、叔母が不妊症の為、子供ができなかったらしい。
なので、子宝に恵まれ、毎日を楽しそうに暮らしているシュリの母を、叔父叔母は妬んだ。
当然、叔父叔母のシュリへの扱いは酷く、五歳の少女にも、まるで奴隷かの様に働かせる。
冬には暖炉の火を一人で焚かせ、食事の用意も全て一人。作った食事が少しでも気に入れられなければ床に捨てられ、作り直しと床の掃除を命令される。
五歳からの日常なので、それが身に染みてしまったシュリは、自然と、自分を出す事が出来なくなっていった。
どうやって人と話せば良いのかも解らなくなってしまった。
自身の心を閉ざしてしまった。
そして月日は流れ。
シュリは十六歳になった。
市場へのお使いもする様になり、シュリは度々、ギルシュグリッツの方へと行くことがあった。
今日もギルシュグリッツの市場に行って、夕飯用の食材を買い足しに行く。
叔父叔母は、シュリに対する扱いは酷いものの、外出用の服はちゃんと用意してくれた。
姪を蔑むのは良いが、引き取った姪に酷い服を着させて外に出していると、隣家から噂されるのは嫌な様だ。
変にそこら辺だけしっかりしているから、逆にいやらしい。
外出用の服を着て、家から少し歩いた所にある路面電車に乗り、ギルシュグリッツへと向かった。
約一時間後
ギルシュグリッツの市場に到着し、入用な物は全て買う事が出来た。
これで帰るだけ。
帰ればいつもの生活がある。
シュリは、重い足取りで路面電車の駅へと向かった。
そんな時。
シュリの視界に、パンが入った。
数日前の話だ。
ここにあるパンを、とても幸せそうに食す少年を見た。
一度で良いから食べてみたい。
シュリはそう思った。
だが、お金は丁度しか持ってこなくて今余っていない。
どうすれば………………
そんな時、店番をしていた店主が、少しだけテントの裏へと行った。
………………今なら盗めるかもしれない。
いや、盗みは駄目だ。
犯罪だ。
だが、一度で良いから食べてみたい。
今を逃せばもう、一生涯食べる事が出来ないかもしれない。
シュリは、目の前にあったパンに手を伸ばした。
そして、持っていたカバンの中に、静かに入れようとした。
その時。
「ダメだなぁ。」
突然背後から若そうな男の声が聞こえ、その男に、パンを持っている腕を掴まれた。
そして男は、シュリからパンを取り上げ、
「このパンを一つ下さい!!」
そう言って店主を呼び、シュリの持っていたパンを買った。
そして男は、買ったパンをシュリに返した。
シュリはありがとと言おうとした。
だが長らく声を出したことが無かったために、直ぐには出なかった。
そんな中、
「あ、あぁぁのぉ…………」
と、変な声が出てしまった。
その声に対して、去ろうとしていた男は振り返り、シュリの方へと歩み寄ってきた。
「ぁ、貴方の名前は……………………」
どうにか勇気を振り絞り、シュリは男に訊いた。
小さくて聞き取りにくい、籠った声。
だが男はそれを聞き取れた様で、答えてくれた。
「私の名前ですか? 私は、アステラと申します。」
綺麗な声だった。
透き通った。
何の澱みも無い声。
まるで、煌めく星光が、何の霞みのないプリズムを一直線に通っていった時のような。
まるで、王子様のような…………
「あっ、お、お礼を………………」
買って貰ったパンを持って、シュリは言った。
買って貰ったのにも関わらず何の礼も渡さなければ、それこそ非常識である。
シュリにはその弁えがあった。
「お、お礼? 良いですよ。私が勝手にしたことなので。お気になさらず。」
「いえいえ、何かお礼をしないと…………」
「いやいや、いいですよ。」
「でも、そうしないと私の気が…………」
アステラは、頭を悩ませた。
シュリの為を思えば、今此処で何かを頼むのが得策だろう。
だが、何も思いつかない…………
「あっ!」
数十秒後、突然アステラが話し始めた。
「この街を色々と案内してくれませんか? 恥ずかしながら、城下町に降りたのは初めてで…………」
「は、はい! 是非! 喜んで!」
咄嗟にシュリは、そう叫んだ。
ギルシュグリッツの案内。
何度も来ているシュリは、それならば自分にも出来ると確信した。
「あっ、そういや未だ聞いていませんでしたね。
貴女のお名前は…………?」
優しい声で、アステラは訊いた。
「シュリ・キルリルと申します…………」
「シュリ……か。綺麗な名前だ。」
そう言ってアステラは、優しい笑みを浮かべた。
少し笑窪が見える笑み。
その笑みを見たシュリは、胸が締め付けられる感覚に襲われた。
不意に息をスッと吸い、ゆっくりと吐いた。
シュリの頬が、少し赤くなった。
シュリがこの気持ちの名前を知るのは、もう少し先の話である。