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78:Oblivion

初めての英語タイトルですね。

ちなみに「oblivion」の意味は「虚無」です(主な意味は忘却とかですが、今回は虚無で捉えていただければ.....)。

「日本語で書いたらええやん!」と言われるかもしれませんが、悪しからず。









 タッタッタッタッタ!


 階段を駆け降りる音と、激しい息切れだけが響く。

 今、二つ目の螺旋階段を降りている。

 つまり、此処を降りれば、ノールの居る第三階層である。


 徐々に下の方から、途轍もない悪臭がしてきた。

 こんな匂いが充満している部屋で、将来永劫監禁されて死んでいった人々の事を思うと、サラナは心を痛めた。

 しかも今いる所は階段なので、第三階層自体は、此処よりも悪臭が漂っていると考えると、吐き気を催す。


 だが今までの自身の行動を考えると、益々心が痛んだ。

 自分は今まで、こういった現状から目を背け、見て見ぬ振りをし、その第三階層という地獄を碌に知らずに、そこにいる人に対して、少しばかりの優越感を感じていた。

 自分はそこまで腐った人間であったのだと、サラナは悟った。

「自分だけは奴隷(この人達)とは違う。」

 勝手にそう思い、そういった自己暗示をかける事で、精神安定を図っていたのだろう。


 呆れる。


 そんな自分に。


 だが、「今の自分はその時の自分とは違う」と言いたい。

 ミロルやグリリア、そしてエルダに会った今、その昔の価値観や倫理観が変わっていたら良いと、サラナは切に願った。




「うっ………………っ!」


 グリリアが吐き気を催した。


 第三階層に到着したのだ。



 酷い。


 眼前に広がるのは、ヘドロに塗れた壁や天井。

 そこら中に残る血痕。

 激臭。

 よく見ると、頭蓋骨や何処かしらの骨が落ちていた。

 グリリア曰く、それらは人骨だったらしい。

 恐らく、飢えを凌ぐために此処にいた奴隷達が、死んだ奴隷の死体を食べた時の食べ残りだろう。


 それに加えてこの激臭。

 気を抜くと直ぐに吐瀉してしまいそうになる。


 ノールが居るのは、此処の最奥だった。

 急いでこの場から出たい。

 その一心で二人は、最奥まで全力疾走した。



 最奥の壁が見えてきた。

 そのまま走り続けると、右方に、人影が見えた。

 ザッと足を止め、少し後退するとそこには、両腕を手錠で縛り上げられた女性が囚われていた。

 服は麻で作られた布を一枚巻いただけで、髪はボサボサ。

 体の各部位に殴られた形跡が見られ、その杜撰過ぎる扱いに、思わず目を背けそうになった。

 グリリアは動きを止めた。

 見ていられなかった。

 あんなに綺麗な城の下に、こんな物があっただなんて。

 グリリアは、愕然とした。


「…………グリリア!! 早くして!!!!」


 そんな事をしている間にも、サラナは既に、牢を開錠していた。

 手には、グリリアのポケットに入っていた筈のマスターキーがあった。


「す、済まない。」


 グリリアはそう言って、サラナに続き中へ入った。



「…………貴女が、ノール・ルリですか?」


 サラナが、その女性に訊いた。

 その女性は、細い腕で地面を必死に押しながら上体を起こした。


「……………………はい……………………そうですが。」


 掠れた声だった。

 元気など微塵も感じられない。

 聞き取るのでやっとの、消えそうな悲痛な声。


「私はサラナです。貴女を助ける為に来ました。」


 そう言った後、サラナはマスターキーを、女性、ノールの手錠の鍵穴に差し込んだ。



「……………………あれっ?」


 開かなかった。


「………………まさか……?!」


 このマスターキーは、“牢を開錠する為の鍵“であり、この手錠には対応していなかった。


「サラナ、どうするんだ?」


 震えた声で、グリリアは訊いた。


「簡単な話、今から戻って、この地下牢の何処かにいる看守から鍵を奪う。」


 そう言い捨てて、グリリアの返答を待たずに、サラナは此処を飛び出した。


「グリリアはその人を見ておいてくれ!」


 その言葉を最後に、サラナは行ってしまった。



 いつの間にかグリリアは、この悪臭に慣れていた。

 普通に息を吸い、普通に話していた。

 慣れって怖いな。

 そんな事を考えていた時だった。



「私が、此処に来たばかりの時でした。」


 突然ノールが、話し始めた。


「娘を置いて出たものですから、今は無い腹の傷などとうに忘れて、ただただ娘の無事を祈りました。母として、何も、母らしいことが出来ずに別れてしまったものですので。せめて生きていて欲しいと。

 そういや元々、此処にはもう一人の女性が入っていたのですよ。名前は確か…………ブロウド・スクリでしたっけ…………」


「………………えっ?」


 ブロウド。


 忘れもしない。

 グリリアの(我が)愛妻の名前。


「彼女はいつも気さくで。こんな薄汚れた私にも、話しかけてくれました。

 ブロウドさんも美人であったが為に、度々呼び出されては、ボロボロになって帰って来ていました。けれども彼女は、そんな辛さを隠しました。私を心配させたく無かったのか。彼女は優しかったのです。

 そんなブロウドさんは、彼女の夫の話をしている時が一番楽しそうでした。『私の夫はね…………』そう言い出す時点で、彼女の口角は緩み、笑っていました。

 羨ましかったのでしょう。

 いつしか私も、彼女に娘の事を明かしました。彼女は、『大丈夫、大丈夫』と言って、私の背中を摩ってくれました。

 彼女はとても優しかった。

 ですが…………………………」



 ノールの面持ちが急に暗くなった。

 グリリアは、色々と混乱していた。

 そんな中、ノールは告げた。


「彼女は、いつものように連れて行かれた後、貴族に殴られて死にました。」




「……………………………………」





 グリリアは黙り込んだ。

 ブロウドが死んだ?

 貴族に殴られて死んだ?




「その後その死体は、私の入っていた牢。つまりこの牢の中に捨てられました。

 私は泣きました。

 ビルクダリオに生まれたから。

 この様な不条理な死に方をしてしまったのだと。

 許せなかった。

 ですが私には、何の力も無かった。

 故に私は、自分の飢餓を満たす為、彼女の死体を食べました。

 美味しく無かった。

 あまりにも美味しくありませんでした。

 あんなにも美しい人が。

 あんなにも素敵な人が。

 あんなにも私の事を信頼してくれたのに。

 弱い私は、娘も守れず、友人も守れず、ましてやその友人を食らった。

 今でも覚えています。

 あの時の食感。

 絶望。

 食欲とはまた別の、心の飢餓感。

 虚無感。

 食べ切った時。

 その残った頭蓋骨を見て、私は泣き叫びました。

 自分を嘆きました。

 その頭蓋骨を両手で抱きながら。

 ですが手が滑って、廊下にその頭蓋骨が行ってしまいました。

 そうだ。彼女はもう、自分の、手の届かない場所に逝ったのだと。自分の弱い力では、この圧力(手錠)に勝てず、頭蓋骨(彼女)に触れることさえできない。

…………………………………………………………


 」


 ノールは、大粒の涙を流した。



 グリリアは牢を飛び出て、牢の前にあった頭蓋骨を持ち上げた。


「………………お前……ブロウドなのか………………?」





 ――――――――――――――――――






「グリリア! 鍵奪ってきたぞ!!!!」


 第三階層の入り口でそう叫んだサラナの眼前に写っていたのは、薄汚れた頭蓋骨を抱き抱えながら地面にへたり込み、虚空を眺め続けるグリリアの姿だった。















 

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