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67:境涯の認識






 目を覚ますと、曇りの無い幼子の瞳孔に入り込もうとする日光を、虹彩が必死に遮る中、あまりの眩しさに右手を(かざ)し日光を遮せ、瞼を半分閉ざした。

 日は少し見上げないと覗けない場所まで上がり、前の通りを見ると、此処ら一帯に住んでいる人がぞろぞろと歩いていた。

 それを見て、もう時は既に昼近くである事を知り、上体を完全に起こして、一度のびる。

 左隣に視線を向けると、母は居らず、ミロルは一人で居た。

 そう思った時、丁度母が帰ってきた。両手に大きなパンを一つずつ握りしめて、ミロルに見せつけた。

 そうしながら母は、ミロルに笑いかけた。


「ありがとう。」


 そう言い、ミロルはそのパンを一つ、受け取った。


 特別美味しいパンでも無かったが、母と食べたそのパンは、何物にも変え難い()()があった。


 もう既に、貯金など無かった。

 働き口など一切無く、日々の衣食は盗品で済ませる他、無かった。

 今日のパンも、市場から盗ってきたものである。

 だが、仕方の無い事であった。

 この国には、困窮ビルクダリオの救済措置は無く、給付金も無い。

 働き口など一切与えず、ビルクダリオ(わたしたち)を人として認識する気など、毛頭無かった。

 彼等帝国移民にとってビルクダリオは、奴隷として自身の欲求不満の解消しか、利用価値がない。

 他は、他国に売って儲けるか。

 (いずれ)にしろ、特に女のビルクダリオは、糞貴族の性欲解消道具以外の何物でもなかった。

 これまでに、糞貴族との強姦によって、どれだけの女性ビルクダリオが命を落とした事か。

 許せない。

 それが、ビルクダリオという境涯に置かれた者の末路であり、その仕組みを変える力は、ビルクダリオには無かった。



「いつまで待てば………………私たちは“解放”されるのか…………………………」


 パンを一口呑み込みながら、母はそう呟いた。

 ミロルは何を言っているのかさっぱり理解出来なかったが、それが全ビルクダリオの願いである事である事が、今なら少し理解出来る。



 そうしてもう少しでパンが食べ終わるという頃。

 悲劇は始まった。


「貴女がノール・ルリだな?」


 突然、目の前に男が立っていた。

 首元に、総総(ふさふさ)のファーを巻いている。

 この男、見た事があった。

 確か………………


 そう考えている時だった。


「そうだったら何?」


 母が、怯えた声でそう言った。

 そう言いながら、手探りで何かを探した。


「簡単な話。私と一緒に王城へと同行してもらう。尤も、抵抗はしてくれて構わない。だが、此方も護身用で帯刀している。それを考えて行動するんだな。」


 そう言って男は、自身の腰に欠けている剣の柄に手を掛けた。


「そうか…………なら、一つだけ訊いておきたい。あんたの名前は?」


 母は怯えない様子を見せながら、そう男に質問した。


「そんなものを訊いてどうなるのかは知らないが…………まぁ良いだろう。私の名前は―――――」




「さぁ、来てもらおうか。」


 そう言って男は、母に向かって右手を差し伸べた。

 そして母は、その手を握った。


「ねぇ、お母さん。何処に行くの?」


 ミロルは、母に訊いた。


「………………さい。」


 声が小さくて聞こえなかった。


「……………なさい。」


 まだよく聞こえなかった。


「ほら、早く行くぞ」


 そう言って男が母の腕を引っ張った瞬間。


「ふんっ!」


 母は、男の腕を引っ張りながら、自身の足で男の足を蹴り体勢を崩させ床に伏せさせた。

 直様母は、男の左腕を背中で組ませ、締めた。

 男の腰の上で座り、起き上がれない様に男を抑えた。


「ミロル! 逃げなさい!!」


 母はそう叫んだ。

 母は急いでこの場から離れて欲しかったのだろう。

 だが幼かったミロルの理解力は、今がどう云った状況であるかを理解するに至らず、母がそう叫ぶ意味も理解出来なかった。

 ミロルはその場であたふたし、周りをキョロキョロと見渡した。


 その時。


「糞っ!!」


 そう言って男は、懐から短刀(ナイフ)を取り出した。

 その反動で母は、体勢を少し崩した。

 そして男は…………




 サクッ





 母の服の腹部が、紅色に染まる。

 じわじわとその波紋は広がり、傷口からは、血がぼたぼたと垂れ流れる。

 刺さったナイフに血が伝う。

 刃の鏡面は紅に染まり、微かに輝きを放つ鏡面に映るは、眉間に皺を寄せ、歯を噛み締め、痛みに必死に耐える母の様子だった。


 ミロルが、心配で少しずつ近づいた。

 だが母は、叫んだ。



「逃げなさい……………………!!!!!!!!」





「でも………………血が………………………………」




 

「早く!!!!!!!!」






「でも………………………………」






「逃げて!!!!!!!!!!」





 母は、汗でぐちゃぐちゃの顔を上げ、ミロルの目を真っ直ぐに見た。










「ミロル!!!!」










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 






「気付いた時には、全然違う場所にいて。多分あのまま、必死に逃げてきたんだと思う。」




 ミロルが、俯きながらそう話した。

 丸いちゃぶ台を、エルダ、サラナ、グリリア、少女(ミロル)の四人で囲み、ミロルの話を聞いていた。

 聞いている限り、サラナと似たような境遇であった。

 貴族に母を連れ去られた。

 だがミロルの方が幼い。

 精神負担も、計り知れない。

 一体、どうやってこの、ぶつける場所が見当たらない不安感を、この小さな体で抑え続けてきたのか。

 エルダは、ミロルの精神力に脱帽した。

 こんなにも強い子供が居るのだと。

 そして、そんな子からも、容赦無く大切なものを奪っていくこの連邦国社会が、如何程腐っていたのかを、鮮明に理解出来た。



「ミロル…………ちゃん。ちょっと聞きたいんだけど。」


 突然サラナが、ミロルに訊いた。


「その男の人の名前って?」


 その質問を聞いて、エルダとグリリアは、ミロルの解答に耳を傾けた。































 







「男の名前は、」




























 

















「ギニル・フルーブ」






















 

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