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48:喪ったもの






 リカルは、必死に階段を駆け降りた。

 暁光蝶(ギア・ライル)の発動代償が術者の命である事は、リーゲルから教えられていた。

 そしてさっきの炎の蝶と激しい熱波は、リーゲルの説明していた暁光蝶(ギア・ライル)の概要と見事に符合した。

 なら、暁光蝶(ギア・ライル)を発動したリーゲルの命が危ない。

 リカルもリーゲルにはとても世話になっていたので、助けたかった。


 リカルの自室からリーゲルのいた王宮の城門前までは、近いようで結構遠かった。

 リカルの自室は、王宮の本練三階からの連絡通路でしか行けない別練の四階にあった。

 そして王宮の出入りはその城門のみでしか行えない。

 なので、リーゲルの元へと向かうには、別練の一階まで降り、長い連絡通路を渡り、本練の一階まで、全て階段で降りる必要があった。

 昇降機もあると言えばあるのだが、未だ実用化にまでは至っておらず、事故発生の危険性が極めて高い開発段階であったので、使用禁止となっている。

 ので、リカルは、長い長い階段を、一段一段駆け降りていたのだ。



 移動している時、人に会う事は無かった。

 リーゲルの暁光蝶(ギア・ライル)で、帝国兵がほぼ殲滅できたので、帝国兵の生き残りがいないかを確かめている為、皆王宮内ではなく、焦土と化したギルシュグリッツよりも南部の街跡で奔走している。

 リカルは、足が捥げそうになろうとも、力が入らなくなっても、息が苦しくなっても、恩師を助ける為、全力で走った。



 そして、本練の階段を降りている時。


「ガッ!!!」


 思わず足を踏み外し、階段から落ちてしまった。

 頭はぶつけなかったものの、足を強打し、激痛が走った。

 それでも、リーゲルの為。

 そう思い、その激痛をもろともしない風体で、必死に立ち上がった。

 そして次の階段に足をかけたが、足が思うように上がらず、また転げ落ちてしまった。


「うぅ…………………………」


 階段の上の方から落ちてしまったので、体の様々な部位を強打してしまった。

 整った顔には、赤いアザ。

 強打した足や腕は青いアザで埋め尽くされ、運悪く段差の淵で切ったしまった太腿からは、まるで足をコーティングするかの如く大量の血が流れた。

 痛い。

 痛い。

 痛い。

 痛い。

 でも、リーゲルの苦しみに比べたら。

 そう自分をなんとか鼓舞し、また、体を立ち上がらせた。



 落ちた先は丁度本練の一階だった。

 本練一階の階段から城門までは直ぐだった。

 走れば約十五秒ほどで着く。

 もうちょっと、もうちょっとでリーゲルが。

 助けになれる。

 私を助けてくれた恩師。

 生き甲斐を与えてくれた国王。

 早く。

 動け、自分の足。

 こんな痛みなんて、今までの苦しみに比べたら塵のようなもの。

 痛みなど、微塵も感じない。

 歩け。

 動け。

 進め。


 そう心の中で叫びながら、足を引き摺って歩いていた時。

 正面玄関から、アステラが歩いてきた。

 よくみると、誰かを抱えていた。

 リカルも、急いでアステラの元へと向かう。

 リーゲルはどうなったか。

 まだ助けられるか。

 そう思いながら、アステラの抱えていた人を見て、リカルは呆然と立ち尽くし、絶望した。


 シュリが。頭と心臓を撃ち抜かれ、血を細く垂れ流して死んでいたのだ。


 そんなシュリを横抱きしながらアステラは、涙も流せぬ程に失意していた。

 リカルが、「早く救護班の所へ!」と促しても、「もう死んだ」と、生気の感じられない声で言う。

 アステラは諦めていた。

 脈も測ったらしい。


「それでも連れて行けば何か未だ手立てが…………」


 リカルがそう促すと、アステラは突然叫び出した。


「そうだと良いんだ!! でも、向こうで何度も何度も確認した。だがもう駄目なんだ。脈はない。呼吸もない。脳も貫かれている。瞳孔は散大している。もう死んだんだよ。シュリは。」


 ようやく、アステラの(まなこ)から、一筋の涙が流れてきた。

 その涙が、抱えているシュリの頬に落ちたが、当然シュリが起きる事はなく、ただ静かに眠っている。



「………………国王(リーゲル)様は…………?」


 リカルが、静かにアステラに聞いた。


「死んだよ。そりゃぁあんな大魔法を行使したんだ。しかも暁光蝶(ギア・ライル)なんて、自分の命を代償にするような魔法。しかも体のあちこちを怪我していて、瀕死状態だった。あんな極限状態の中で暁光蝶(ギア・ライル)なんて物を発動したんだ。体への負担は想像を絶する物だっただろう。」


 アステラが俯く。

 リーゲルは、アステラの実の父であった。

 リカルが来る前はあまり仲が良く無かったが、リカルが来たおかげで、仲が良くなり、頻繁に他愛もない話をする仲にまで成長していた。

 そんな時に、リーゲル、そして、アステラの愛した人、シュリが、息を引き取った。


 リカルはその場に、膝をガクッと折った。

 そして、アステラの顔を見上げて聞いた。


「誰が。誰がシュリさんを殺したの…………?」

「シュリは、私を狙った攻撃を庇ったんだ。水射針(ミルネア)と言う魔法。水の弾丸。それを撃たれようとする私をシュリは庇って、頭と胸に弾丸を受けた。その攻撃の発動者は………………」


 少しためてから、アステラは言った。




「ザルモラ・ベルディウス。」






 

ようやく次話、リカルの過去編、終わります。


補足

水射針(ミルネア):水属性最低位魔法。水の弾丸のようなものを作り、超高速で発射し、対象者に当てる。最低位魔法であっても、なかなか強力な技。だが難点としては、一度発射してしまうと、それを止める事が出来なくなってしまう。そして、初めに指定した方向に、ずっと飛び続けるということ。

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