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42:赤いリボン

今話は少し長めです。






 走った。




 走った。




 足元から、水溜りを蹴る音が聞こえた。






 走った。



 走った。



 靴の中に水が溜まってきて足取りが重くなっても、地面を踏み締め、走った。





 そのうち、走る気力も失い、空を眺めた。




 分厚い雲が、綺麗な満月を隠し、灰色に染まった空からは、大量の涙が落ちてくる。

 まるで、今のニルミの心を表しているかのように。




 天に向けていた視線を、一度両手へと落としてみた。

 見ると、手のひらが血だらけになっていた。

 声にならない悲鳴をあげながら、ニルミは尻餅をついた。

 その後もう一度両手を見てみると、血は無くなっていた。

 それがただの錯覚だったのか、雨に流されただけなのか。


 嗚呼。

 手についた血のように、私の心の(わだかま)りを、綺麗さっぱり洗い流してくれ。

 一層の事、私と言う存在自体を、この世から洗い去ってくれ。

 未だ十歳のニルミは、涙なのか雨なのか鼻水なのかよくわからない、頬に溜まった液体を手で拭い、誰もいない闇世の中で一人、小さく座り込んだ。





 次の日。

 その日の目覚めは、誰かに蹴り飛ばされたのかきっかけだった。

 もう既に、ニルミの顔は割れている。

 父を燃やした。

 母に穴を開けた。

 家を燃やした。

 そんな子供。

 皆が気味悪がった。

 蹴飛ばされた腹が、ズキンズキンと痛む。

 路上に寝転んだまま、一度吐いてしまった。

 それを気味悪がり、皆が避けていく。

 軽蔑の視線を送る。

 小さな女児が蹴り飛ばされ吐瀉しても、誰も気にかけない。

 これが世の条理。

 

「みんなに優しくしましょう。」


「困った人が居たら助けてあげましょう。」


 そんな、幼児は受けるような教えを守っている大人は、ほぼ居ない。

 幼児用の教育など、その程度なのだ。

 大人はそう言ったことを、「綺麗事だ」と言って、守らない。

 よく考えれば、「世の中の大半の大人が学ばないから、勉強する」のだ。

 世の中の大半の大人が、ちゃんと()()になってくれれば、もっとそう言った、“綺麗事”に溢れた世になるだろう。

 だが、学ばないから、吐瀉する女児を見て見ぬふりをする。

 それが格好いいとでも思っているのか。

 まぁ、大半が、「周りが助けないなら私も」と言う、周りに流される弱い人間なのだが。


 幼い頃から、ニルミの周りにいた大人は優しかった。

 自分を叱り、心配し、気にかけ、愛してくれた。

 その環境を壊したのは自分自身で、そんな理想郷は、()()にしか無かった。

 そこを壊してしまったのなら、それを見つけるのは困難を極める。

 皮肉な話だ。







 約一ヶ月後。


 ニルミは、路上生活を余儀なくされた。

 路上生活者支援も(ろく)に整っていないこの町では、食料を手に入れることさえ困難であった。

 配給もないこの町で食料を手に入れる方法といえば、パン屋のゴミ箱でも漁るか、八百屋で人が見ていない時にこそっとくすねるくらいしか無かった。

 そして、殺人や窃盗についての刑法も整っていないこの町では、ニルミは、特に裁かれる対象にはならなかった。

 だがそれで合っても、「殺人は非人道的行為」であると言う価値観は変わらないので、人々に蔑まれ続ける事に変わりはない。


 そんな生活が、ずっと続くと思っていた。




 この日もいつものように、やる事もなく、ただ人の家の壁に(もた)れ掛かり、ぼーっと空を眺めていた。


 人が近づいて来た。

 足音から考えるに、男か。

 また蹴られるのか。


 この時のニルミに、それから逃げる気力など、無かった。


「はい。」


 その男はそう言いながら、温かいホットドッグをニルミに渡した。

 恐る恐るそれを受け取り、その匂いが鼻の中へと侵入した瞬間、気づいた時には、そのホットドッグは全て、自分の胃の中へ入っていた。

 暖かかった。

 久しぶりに、人の優しさに、触れられた気がした。

 今まで、誰も信じられなかった。

 人が近付いて来れば、必ず傷害を受けた。

 人は信用出来なかった。

 だが、その常識は間違っていた。

 ちゃんと、“優しい大人”はいた。

 感謝をしたい。

 何て言えば良いのだろうか。

 ありがとう。

 そう言えば良いのか。

 久しぶりに声を出す。

 ちゃんと声は出るかな。


 ニルミは、意を決して声をかけてみた。


「あの!!」


 そう言いながら前を向くと、もう既にその男は去っていて、居なくなっていた。

 ありがとう。

 そう言えなかった。

 だが、ニルミは嬉しかった。

 高揚していた。

 明日も来るかな。

 ニルミは、期待した。




 だが男は、次の日も、その次の日も、何日待っても、来る事は無かった。

 あれは幻だったのか。

 とうとうニルミは、自分の頭を疑った。

 栄養失調で頭が狂ったか。

 あの日は幻想だった。

 そう考える事で、ニルミは、その出来事はただただ夢想しただけなのだと、そう暗示した。

 今日もいつも通りのこの日常は始まる。

 そう思っていた時。


「はい。」


 突然目の前から、男の声がした。

 眼前には、ホットドッグ。

 前もらったものに比べて、少し野菜が多めだった。

 ニルミは、それを静かに受け取り、一つずつ。前よりも味わって食べた。

 美味しい。

 美味しい。

 美味しい。

 暖かい。


 食べ終わった。

 今度こそお礼を言おう。


「あの!!」


 そう言って前を見ると、その男が立っていた。

 初めて顔を見た。

 綺麗な肌だった。

 白い肌と、整った顔立ち。

 まるで何処かの、王子様のような。


「あっ、そうだ。これ、プレゼント。」


 ニルミがありがとうと言う前に男がそう言い、ポケットの中からある物を出し、ニルミの頭に付けた。

 ニルミは特に抵抗せずに、されるがまま、黙って待った。

 その何かが付け終わり、男は鏡を出して、ニルミの顔を写した。

 そこに写っていたのは、頭に赤いリボンの付いた、ニルミだった。





「ほら、かわいい。」






 そう言って男は、ニルミの頭を優しく撫でた。




 ニルミは泣いた。


 声をあげて泣いた。


 お母さん。


 お母さん。


 またその手で撫でられたい。


 髪の毛をくしゃくしゃにして欲しい。


 また言って欲しかった。


「かわいいね」って。










「ねぇ、お兄さんから提案があるんだけどさ。」


 暫くして落ち着いたニルミに、男は言った。


「良ければ、私の家で暮らさないか?」


 その言葉に、ニルミははっとした。

 嬉しかった。

 また屋根の下で暮らせる。

 ベッドで寝れる。

 それに、この優しい人ともいつでも話せる。


 でもまた、炎を出しちゃって迷惑をかけたら。

 命を奪う結果となってしまったら。

 この優しい人を殺してしまったら。



「本当に良いの?」


 ニルミは、男に尋ねた。


「良くなかったら、こうやって提案なんかしていない。」

「私、いきなり炎出しちゃうよ。」

「大丈夫。お兄さん強いから。いざとなったら家にいる強い人が守ってくれるから。」

「……………………なら………………」


 ニルミの心は動いた。


 また人の優しさに触れたい。

 人を信じてみたい。


「よし! 決まりだね!! じゃぁ先ず自己紹介をしなくちゃな。」


 そう言って男は、深呼吸をした後に言った。


「私の名前は、アステラ・アルゾナ。君は?」


 ニルミは、黙り込んだ。

 もしここで名前を言ってしまったら、この人、アステラさんが、自分を避けてしまうかもしれない。

 親を殺したことがバレたら、この話も無くなるかもしれない。


 だが、愛する母が腹を痛めた後、沢山考えてつけてくれた名前。

 大事にしたい。

 だが………………




「……言いたく無いのか?」


 アステラのその問いに、思わずニルミは頭を縦に振ってしまった。


「じゃぁさ、私が名前をつけても良いだろうか。」


 アステラは言った。


 (この人のつけてくれた名前なら。)


 そう思い、ニルミは、再び頭を縦に振った。


「そうだな……………………」


 暫く悩んだ末、アステラは言った。


「じゃぁさ…………………………」


 そう言ってアステラは、考えた名前を、ニルミに言った。

 それを聞いたニルミは、満面の笑みで頭を縦に勢いよく振った。













 お母さん。

 私は、この優しい人の家に住みます。

 この人は、お母さんと同じように、赤いリボンを買ってくれて、頭につけてくれました。

 そして、「かわいい」と言って、頭を撫でてくれました。

 暖かいホットドッグもくれました。

 きっと悪い人じゃありません。

 だがらお母さんも、安心してください。


 ニルミ・グレラフとしての私は居なくなるけど、リカル・アルファとしての自分も、ずっと見守ってくれていたら嬉しいな。


 お母さん。

 大好き。














 






「じゃぁさ、『リカル・アルファ』なんてどうかな?」




















 

34話


暁光炎(ギア・ライル)

   ↓

暁光蝶(ギア・ライル)


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