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37:劣悪





 未だに帝国軍は、王国領土内に足を踏み入ってはいない。

 開戦には、未だ間があった。

 然程時間は残されていないが、アステラが即席で作戦を考えるには、十分な間であった。



 アステラが気掛かりなのが、王宮の窓から見た移動中の帝国兵の数であった。

 明らかに、アルゾナ王国を攻め落とすには不十分すぎる数。

 その事実から考察するに、先ず第一に思いつくのが、その窓から見た兵隊は第一陣で、アルゾナ王国を錯乱するための捨て駒で有るというサルラスの策略。

 兵を捨て駒に使うなど人道を外れた行為で有るが、あのサルラス帝国ならやり兼ねない。

 それにサルラス帝国は、カルロスト連邦国から奴隷を買っている。

 その奴隷を、見せかけの軍として第一陣に置けば、サルラス帝国としての損害は無くなる。

 奴隷に戦力は求めないだろう。

 ただ捨て駒として、アルゾナ王国を(トラップ)にかける()()として利用すればいい。

 あまりにも慈悲のない話だが、それを平気でするのが、サルラス帝国である。


 とすれば、第二陣は、精鋭部隊で、王国兵の死角から攻めてくるのが妥当であろう。

 その上、その精鋭部隊の登場に、ザルモラの創作魔法が絡むと厄介だ。

 地面から突然現れさせたり、空中から人は現れたりなど、創作魔法にとっては造作もない事であった。


 それらを考察した時、最善の作戦は…………

 アステラが熟考していた時だった。


「アステラ様、お久しぶりで御座います。」


 窓が外から開かれ、全身を黒装束で纏った女性が部屋に入ってきた。


「あぁ、影無(カゲナシ)か。」

「はい。未だ帰還予定日では無いのですが、アルゾナ王国の状況を考えた上、参上した次第で御座います。」


 影無(カゲナシ)

 アルゾナ王国の、特殊偵察部隊。

 今までは主に、サルラス帝国の偵察を行なっていた。

 影無(カゲナシ)は暗殺のプロでもあり、模擬戦をすれば、大陸一の炎魔法使いであるリカルとも、ほぼ互角に戦える程の戦闘力を持っていた。

 特別何か魔法を行使できると言った訳では無いが、その俊敏さと集中力は、魔法相手にも引けを取らない暗殺術を体現させた。


 そんな影無(カゲナシ)が、サルラス帝国の戦況を報告する為に、アステラの元へ馳せ参じたのだ。



「アステラ王。今回の戦争。ちょっとヤバイかもしれません。」

「どうした?」

「先程危惧していた通り、今攻めてきているのは第一陣。第二陣は、精鋭部隊で攻めてくる様です。そしてその精鋭部隊の中に、ザルモラ魔法師団長も入っていました。」

「なっ…………」


 それを聞いたアステラは、あろう事か思考を一時中断してしまった。

 基本三属性魔法師の精鋭部隊ならば、未だ勝機はあっただろう。

 だが、そこにザルモラが加わるとなると、話は変わって来る。

 創作魔法といえば、“何でもあり”の魔法として有名。

 文字通り、魔力の尽きぬ限り、自分で魔法を構築して、発動できる。

 術者の発想力次第では、強力な爆薬となりうるのだ。

 そしてザルモラは、此方の想定外の魔法をポンポンと生み出し発動する。

 ぶっ飛んだ奴がアルゾナ王国に居ない限り、アルゾナに勝機はない。

 常人の想定外は、ザルモラの想定内。

 それが、ザルモラという男であった。


「…………考えている所申し訳ありません。ここは普通に、簡単な作戦だけで宜しいのではないでしょうか。ザルモラ魔法師団長が何をするのかは未知数ですし、考えても仕方がありません。王宮を守る意味で、一応炎獄牢(グラーミル)か何かを使って王宮を囲んでおけば良いのです。リカル(あいつ)なら余裕でしょう。」

「それでも王宮内に入ってきた場合は……?」

「私がなんとか対処しますよ。」

「…………分かった。」


 アステラは席を立ち、王宮を出た。


「ルーダ。此処に兵を集めておいてくれ。色々と説明したい。そこで作戦も発表する。まぁ作戦と言っても、名ばかりのものだが…………」

「承知いたしました。直様、全兵を此処へ集めて参ります。」

「頼んだ。」


 そう言ってルーダは、早々にアステラの前を去った。


 今頃、エルダとマグダはどうしているだろうか。

 何故か今、二人のことが頭に浮かんだ。

 エルレリアへ無事到着したのだろうか。

 エルレリアを守れたのか。

 それとも抑も、サルラス帝国は攻めて来ず、無駄足になってしまったりしたのだろうか。

 もうとっくに倒して、此方へと帰ってきていたりはしないだろうか。

 そう色々と考えているうち、何故今二人が思い浮かんだのかがわかった。

 アステラは、二人に助けて欲しかったのだ。

 マグダだけでも此処にいれば、とても心強かっただろう。

 サルラス帝国に勝つ事も出来たかもしれない。

 エルダがいれば、最も勝率が高かった。


 それに比べて自分はどうか。


 魔法の使えず、碌に護身術も学ばず、ただ見た目だけ王を演じている。

 結局作戦だって、ほぼ影無(カゲナシ)が考えた様なものだ。


 自分は名ばかりの王か。

 先代国王(ちちうえ)の様な、民からも信頼され、王という名に相応しい。そんな王に、私はなれなかったのか。


 アステラがそう考えていた時だった。


「兵の召集が完了いたしました。アステラ()。」


 そう呼ばれたことに、少し心が痛んだ。


「わかった。直ぐに向かおう。」


 ――――――――――――――


 そうやって、この気持ちを有耶無耶にしてしまおう。

 少なくとも、今日で終わりなのだから。

 私が王と呼ばれるのも、今日までだろう。

 嗚呼。これが終われば、解放されるのか。この(わだかま)りから。

 マグダ。すまない。最愛の弟よ。

 エルダ、すまない。不甲斐ない叔父で。

 父上。すまない。父上の言うような王には、なれそうに無い。


 すまない。




――――――――――――――







 

 

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