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29:不穏





 その後アルゾナ王国では、避難民用の家屋や物資の準備が、迅速に進められていった。

 その全体の指揮をとったアステラ王の指揮能力は流石の一言で、皆、尊敬の念を抱いてならなかった。




 そんな中エルダは、折角アルゾナ王国に来たのだから、久しぶりにグルダスに会おうと、煉瓦の地面に靴を当てて音を鳴らしながら、グルダスの家を目指していた。


 緑色人にあったと言ったら、どんな顔をするのか。

 そこで村を焼かれたと言えば、どれだけ悲しんでくれるのか。

 友達(オーザック)が殺されたと言えば、どれだけエルダを元気付けてくれるか。

 向こうで村再建の手伝いをしたと言ったら、どれだけ褒めてくれるのか。

 信頼できる仲間が沢山出来たと言えば、どれだけ喜んでくれるか。


 いろいろな事を考えてしまい、一喜一憂しながら、今にもスキップしそうな勢いで、グルダスの家へ向かった。



 階段を登り、期待に胸を膨らませ、つい笑みがこぼれ落ちる中、エルダは、グルダスの家の扉の前にいた。

 インターホンの前に指をそっと置いた。

 少し緊張した。

 だが、ここまで来たならと、思い切ってボタンを押した。


 ジィィィィィィィィィィィ!!!


 フロア内に、ベルの音は鳴り響く。




「あれ?」


 暫く待っても、一向に出てくる気配がない。

 もう一度押してみた。


 だが出て来ない。

 抑も、部屋の中から一つも音がしない。


「出かけているのか…………?」


 そう思い、エルダは出直す為に、建物を出て、少し町の散策を始めた。



 数時間が経ち、夕日で空が赤く染まり始めた頃。


 流石にもう家に戻っているだろうと、もう一度建物の中に入り、グルダスの家のベルを鳴らした。

 しかし、グルダスは出て来なかった。


「なんなんだ………………?」


 そう考えていると。


「あんた、そこの家の老人に用があるのかい?」


 背後から突然、恐らくグルダスのご近所さんの女性に話しかけられた。


「あの人なら前、国民兵に志願したから、暫くここには戻って来ないよ。」


 それを言った後その女性は、さっさと此処を去ってしまった。


 国民兵へ志願。

 国民兵と言えば、王国政府が兵力不足解消の為に募集したもの。

 戦争に参加するわけだから、当然危険も付き纏う。

 ましてやグルダスのような老人は、直ぐに命を落とすだろう。

 幾ら報酬金が惜しいとは言え、死んでしまっては元も子もないのだ。


 このままではグルダスの身が危ない。

 なんとしても止めなくては。

 そう考えたエルダは、直様建物を出て、浮遊魔法で飛び上がり、自分の身で耐えれる範囲での最高速度で、王宮へ向かった。






 その頃。

 開戦の日まで後五日と迫ってきている中、国民兵の救護師団増援用カリキュラムを終了した。

 戦闘中に考慮される様々な怪我の応急処置や、救命器具の使用方法。人の運び方、起こし方など、様々な救護技術を授業した。

 戦争とか関係なく、普段の生活にも役立つ情報が満載だったので、少し知識人になったように、国民兵は思っていた。


 開戦が目の前に迫っている。

 国民兵は、眠れぬ夜を過ごした。

 自分達が前線に立つわけではないが、それでも、戦争に参加するということは、死と隣り合わせな訳なので、皆緊張していた。


 深夜。月が真上に照る頃。

 グルダスは、一人兵舎を抜け出し、少し離れた森林へと向かった。


「…………で、ちゃんと監禁できているのでしょうな?」


 森の中で、誰かがグルダスに聞いた。


「もちろんだ。任務に支障は無い。」


 グルダスが答えた。


「……でもまさか、かのエルダ様がやってくるとは。しかも、浮遊魔法持ちで。」

「そうですな。もし我等サルラス帝国に敵対されては、厄介ですな。」

「そうだな。」


 二人は、少し不気味な笑みを浮かべた。


「っというか。ダールグリフ様は、いつもその姿で?」

「まぁな。アルゾナ王国でも王族には顔が割れているかも知れないしな。だから兄様に、見た目の年齢だけ老人のように変えてもらってるんだ。」

「左様で。」

「あと、出来れば此処では『グルダス』と呼んでくれ。その名前だと素性がバレる。」

「あっ、申し訳ありません。」


 そう言って二人は別れた。





「グルダスーー!!!」


 グルダスが兵舎に帰っている途中、グルダスの頭上からエルダの声が聞こえた。

 グルダスは、今の会話が聞かれたか危惧したが、エルダの様子を見る限り、その心配は要らないように感じた。


「なぁ、国民兵なんて、なんで志願したんだよ! 死ぬだろう!」


 エルダが、真夜中なので少し声量を抑えてそう言った。


「すまんな。だが、まぁ、(うち)もあまり裕福では無いからのぉ。お金が無くて。」

「だからって…………死んじゃったら元も子もない無いだろう…………」


 エルダが、必死に説得しようと試みた。



 そんな時。



「「敵襲!!!!!!!!!」」


 突然王宮の方から、そんな叫び声が聞こえた。


「じゃぁ、そういう事じゃから。」


 そう言ってグルダスは、さっさとエルダのもとを去っていった。


「ちょっとまっ……………………」


 引き止めようとしたが、そのときにはもう、声の届かない遠くの方に居た。


「…………?」


 エルダは少し疑問に思った。

 グルダスの走り方が、異様に若かったのである。

 もう老人だというのにも関わらず、体を少し前に倒し、腕をぶんぶん振っていた。


「…………はっ!」


 エルダは、今の状況を思い出した。

 敵襲。つまり、予定よりも早くに、サルラス帝国がアルゾナ王国に攻め入ってきたのだ。


「グルダスを死なせない為にも…………」


 そう呟き、エルダは、浮遊魔法で前線へ向かった。







 

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