160:瓦礫と魔法
あぁ、手の痛みなぞ、とうの昔に消えてしまったさ。
涙もとうに枯れてしまった。
今残っているのは、心の奥底に出できた、大きな、深い深い穴。
ぽっかりと、何かが抜け落ちた様な。
恐らくそこは、感受性を司る場所で。
それが無くなってしまったから、今俺は何も思わないんだろう。
皆死んだ。
家族も、仲間も、友達も、皆んな。
なのに俺は、それを左から右へと流している。
まるでそれが、どうでも良いみたいに。
実際、どうしてもどうでも良いとしか思えない。
病気だろう。
俺自身、もう何も解らないんだ。
今どうして良いのかも。
どうすれば良いのかも。
死んだ命はもう二度と元に戻る事は無い。
そんな事、誰もが知っている。
この世の。この世界に。
何人たりとも抗う事の叶わぬ普遍。
この世がこの世で在り、生命が儚く、また尊く。
そうしようとする神様が決めた条理。
こんなちっぽけな人間如きに壊せる規則じゃない。
嗚呼、何故人は死に行くのか。
死があるから命は輝くのだと、そんな事を誰かが言った。
死があるから人は輝くのだと、そんな事を誰かが言った。
死があるから愛は尊く。
死があるから生は儚い。
…………そんな訳が無いだろう。
どうせこんな事を言う奴は、死を知らない。
概念的なものでしか死を捉えたことが無い。
実際其奴の親が死んだらどうだ?
恋人が死んだら?
友達が死んだら?
兄弟が死んだら?
果たしてそんな事を吐かせるのか?
否。
きっと何処かで、死を呪う。
死なんて無ければ。
皆そう思う。
生まれ出でるものは何れ滅び行くという理が、幾人もの人々を嘆き、苦しませたか。
死があるから、人は不幸になる。
死があるから、人は嘆く。
死があるから、人は苦しむ。
死があるから、人は弱くなる。
死があるから、人は争う。
死があるから、それを解決策と勘違いする。
死があるから、人は怯える。
死があるから、死があるから、死があるから。
「…………でも、今だけは、死を苦しむ人すら居ないんだ…………」
今、俺ただ一人しか、生きていない。他は皆死んだ。
死に様は、知らない。
どうやって死んだか。
死因は?
死体は?
最後に何か言っていたか?
俺はその何も知らない。
身近の人の事すらも、俺は知り得ていない。
全く、俺はとんだ糞野郎だ。
こうして、ただ泣き喚く事しか出来ないんだから。
「うあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
焦土の地平線が世界を包み込む中。
独りの男が、慟哭した。
声は枯れ、喉は腫れ、目は真っ赤になっていた。
今すぐにでも、血涙を流さんとする勢いであった。
男は嘆き、この世の条理を呪った。
何故争う。
そうして何になる。
殺して面白いか?
人の苦しむ顔を見て面白いか?
ずっと、慟哭しながらそう叫んだ。
そして数時間後。
灰となった彼の父の故郷をとぼとぼと歩いていた。
一歩ずつ、一歩ずつ。
当てもなく、ただただ歩き続けた。
声帯は壊れかけ。
足の裏は切り傷が増え。
今まで歩いて来た軌跡には赤い足跡がついている。
陽光か月光に照らされ、煌めいている。
だが彼がその煌めきを知り得る事は無い。
彼は後ろを見ない。
ずっとずっと、下を見て歩いている。
トボトボと。
トボトボと。
「………………あのさ」
「何?」
「……………………どうしたら……良いんだろ」
エルダは、ガーナに訊いた。
「さぁ、解らん」
「…………っそ」
「……………………」
「……………………」
「……まぁ、二人で色々考えよう」
「………………うん」
そうして、何時間かが過ぎた。
「………………こうすれば、皆助かる、かもしれない」
突然ガーナがそう言い出した。
「え?」
「あぁ、思いついた。ってか、何か考えてた?」
「……ごめん」
「………………まぁ、さっきの様子見てたら解るよ。完全に放心状態だったのかもな。まぁ取り敢えず今日は寝たらどうだ?」
「……そう、だな。今日は寝るよ」
「そうした方が良い」
月光が天頂から照る夜。
一人の男は、瓦礫の上で寝た。
明日、ガーナの策を聞く為に。
それをしっかり遂行する為。
悲しいなぁ。
寂しいなぁ。
だが、俺は進まなければ行けない。
俺が俺である為に。
この世界が、平和であります様に。
彼女が、死にません様に。
俺は、何をしても、何を思っていても、無理矢理足掻いて世界を変えるのが役目なのだ。
だからこんな所でクヨクヨしている場合じゃ無い。
だが、一度だけ眠らせて、欲しい。
もう眠たくて仕方が無い。
今日は疲れた。
さっさと寝よう。




