走馬灯ー・・・
…………もう、どれくらい時間が経ったか、解らない。
恐らくもう何年も経っているのだろうが、今思い返せば数ヶ月しか此処に居ないようにも思える。
もうずっと、ずっと、座りっぱなしだ。
彼女の隣で、ずっと。
声の出し方も忘れてしまった。
感情の持ち方さえ、危うい。
今歩けと言われて歩けるかも、解らない。
立つ事すら、儘ならないかもしれない。
もう、何も見たく無い。
聞きたく無い。
目の前の光景に、俺は目を噤みたくなった。
「私が何をしたんですか?! 教えてください!! ねぇ! ねぇって!!!」
ずっと、何度も、その声だけが独房前の廊下に響き渡った。
だがこのフロアには誰も居なかった。
その声は、時間と共に小さくなり、瞬く間に消えてしまう。
誰も彼女の話を聞かない。
聞こうとしていない。
完全に、独房に放置している。
その声を、俺はずっと、聞き続けた。
ずっと、ずっと、ずっと。
その慟哭と、鉄格子を殴り続ける音と、その手から血が滲み垂れる音。
その噪音は、ずっと、ずっと、耳の奥に残り続けた。
溝の奥底に詰まった黴の様に、こびり付いた。
俺は何度も目を背けた。
愛する人の、慟哭する音から、声から、姿から。
その人が壊れて行く様を見ていくのは、辛かった。
――そしてある日から。
彼女は椅子に座って、黙り込む様になった。
そしてその手には、嘗ての夫の生首を抱き抱えて。
もう既にその首から血が流れる事は無く。
嘗て流れていた時に真紅に染まった彼女の服は、もう既に嘗ての色彩を取り戻さんとしていた。
シミとしてもう残ってしまっているが、特に気にはならない程度だ。
だが、もう洗い流す事は出来ないだろう。
それだけ、深く、深く、染み込んでしまっている。
それを後押しした要因が一つある。
それに抱きついている間。
彼女は泣き続けた。
文字通り涙が枯れてしまうまで、泣き続けた。
抱き続けた首にも、流れた涙の轍が跡として残り、独房の床も、薄らとその跡がついている。
飲んだ水を全て使っているのでは無いかと錯覚してしまうほど、泣いていた。
俺はその様を、顔を押さえて見なかった。
見たく無かった。
もう、この時には解っていたさ。
もうサージュは壊れていた。
肉体的にも、精神的にも。
とっくに限界は来ていた。
そこに嘗てのサージュは居らず、居たのはサージュの皮を被った誰か。
そう錯覚してしまう程に、彼女には、彼女の面影が一切感じられなかった
初めの方は、聞こえないと解っていても、何度も、何度も、声をかけ続けた。
いつか。
いつか返事をしてくれるんじゃ無いか、って。
でも結局何も変わらなかった。
俺は君の為に生きたいと願うのに、君は何も願わなかった。
願う余裕も無かった、
もう、俺も、サージュも、疲れたんだ。
最後に俺が声を発したのはいつだ?
サージュが泣き叫んでいた頃だ。
そうだ、あの時は未だ余裕はあった。
いつか。
いつか、どうにかなる日が来るだろうって。
そう思っていた。
でも結局は?
サージュは壊れて、俺は只突っ立っている。
サージュはこの現実を諦めて、俺はこの世の希望を諦めた。
結果。
サージュは只与えられた飯を機械的に食べて。
機械的に睡眠して。
機械的に座り込んで。
機械的に排泄して。
本当に、心の無いロボットになってしまった。
かく言う俺は?
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、座っている。
、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
そうしていればいつか、サージュは戻ってきてくれると信じて。
そうしていればいつか、報われると信じて。
「サージュ、出ろ」
蚊や蝿や蚋の羽音を永遠と聞いていたこの頃。
突然、鉄格子の向こう側から、そう声を掛けられた。
久々に聞いた言葉だったから、少し忘れてきていた。
言語理解が、少し遅れてしまう。
それはサージュも同じ事だった。
その声に反応したのは、声の主がそう言い終えてから数秒経った頃だったのだから。
そして、その声に対して執った行動は、その通り、立ち上がって、開けられた扉から外へと出る事だった。
機械的に、右足を出せば、右足を出し、寸分狂わぬ一定なリズムで、交互に足を前に出す様はまるで人形。
その様を見ているだけで、恐怖すら覚える。
可笑しいよなぁ。
嘗て、好きで、好きで、堪らなかった相手と引き剥がされてなんとか見つけて、邂逅も果たせた筈だった。
だが、それは俺の希望では無かった。
余計に地獄へ足を突っ込んだ。
それでも、ずっと俺はその希望を信じ続けた。
一時は諦めたが、それでも心の奥底では、僅かに期待していた。
そして今。
サージュは、牢から出された。
何なんだ? 一体。
今まで何年も何年も放置して来て、今になってやっと釈放か?
いや、そんな訳ない。
そうだと良いが、わざわざクーデターを起こした奴がわざわざ現状から振り出しに戻す訳が無い。
じゃぁ何だ?
今、一体何処に向かっている?
今、一体何処に………………?
――場面が変わった。
「…………っ?!」
突然、目の前の景色が変わった。
外だ。
外に出た。
眼前には、さっきの状況を揶揄っている様な青空と。
大量の人々。
その人々は同心円上に並んでいて、外側の円に行く程床は高くなっている。
まるで、その中心で行われている事をしっかりと見る為。
中心には、置かれていた。
それを見て、俺は顔を青褪めた。
「やめろ、やめてくれ。これ以上は……もう、限界なんだ」
そう呟いても、観衆の声に掻き消された。
目の前に広がるは、公開処刑場だった。
真ん中にはギロチンが置かれ、皆の視線はそこに集まっている。
そんな中、一つ、アナウンスが入った。
地獄へ誘う、始まりの声。
その宣言を以て、事は進められた。
俺はその光景を、只、眺めるしか出来なかったのだ。
「これより、サージュ・オームルの公開死刑を行う!」




