走馬灯・・・・・
運命とは、この世で唯一の普遍的定理である。
未来とは、現在にとっての不確定要素であり、また、これ以上ない確定要素でもある。
幾らそれに抗おうとも、たかが一人の人間。
そんな小さな力が大きな流れに逆らっても、押し寄せる波に勝てる筈も無い。
だが、信じたかったのだ。
俺は、その不確定要素に、期待した。
未来など、変わる筈も無いのに。
それから俺は、城中を歩き回った。
サージュを探して、歩き回った。
俺を見つけて始末しようとする輩は、逆に切り伏せてやった。
床に鮮血が溜まり。
返り血が服にべっとりと付着した。
だがそんな事は些事に過ぎぬ。
早く、早く、サージュを見つけないと!
次の日。
取り敢えず、当てもなくフラフラと城中を歩き回った。
こんな広い城内から一人を探すのは中々に骨の折れる作業だった。
だが夢の為ならばそんな事は如何でも良い。
疲れなどとうに捨ててきた。
只今は、ひたすらに、サージュを探すだけだ。
次の日。
サージュは皇后様だから王座に居るだろうと思い、王室を探した。
だが中々見つからない。
この城が広すぎるのが悪い。
廊下が迷路の様に入り組んでいて、一生同じ光景を眺めている様にも錯覚する。
今にも狂乱しそうだ。
当然だが、俺の事に切り掛かってこない輩は無視している。
当然だ。
そんな何もしていない人を殺す様な事は流石にしない。
だが、それにしても少し可笑しい。
今日は一度も襲われなかった。
誰かと目線が合ったことも無い気がする。
次の日。
可笑しい。
明らかに可笑しい。
何でだ?
今俺の右横を通り過ぎた兵士。
俺の首を切っていた兵士だ。
此奴はついこの前殺した筈。
何で何食わぬ顔で城内を彷徨いているんだ?
何なんだ? 一体。
次の日。
やっと見つけた。
俺の目の前には、一つの扉が佇んでいる。
両開きの扉。
繊細な彫刻が施された厳正なその扉は、この先に玉座がある事を十分に悟らせている。
やっと、やっと逢える。
満を持して、俺はその扉を開け、中に入った。
この扉から一直線。
幅二メートル程のレッドカーペットがそうして先に続いている。
その左右に顕になるは大理石の地面と、そこから何本も並び聳える大きな柱。
壁も大理石で作られているが、天井だけは違う。
神話的な絵画が描かれている天井は、見ていると時間を忘れてしまう程に美しい。
荘厳なるそんな部屋。
間違いなく玉座である。
そしてその先には、座っていた。
嗚呼。
やっと、やっと逢えた。
彼女が。
座していた。
ずっと、ずっと望んでいた。
こうして、邂逅を果たしたいと。
佇むその風体は皇后そのもの。
思わず涙が流れてきた。
凛々しい顔立ちは、普段の可愛げのある様子とは打って違い、冷酷ささえ感じられる。
鼻水も垂れそうになる。
だが、彼女は彼女だ。
見間違える筈も無い。
やっと、やっと逢えた。
逢いたかった。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
「サージュ………………!!」
こうして名前を呼びたかった。
いつも呼ばれてばかりだったから。
こうして一度は呼びたかった。
サージュ。
きっと俺の声は、聞くに耐えないものになっているだろう。
何と発音しているのかすら聞き取りづらいかも知れない。
だが、それ程。
それ程までに、俺は嬉しいのだ。
こうして逢いたかった。
ずっと、こうしてまた再び、君の名を口にしたかった。
「サージュ…………サージュ……サージュ…………」
顔が涙でぐちゃぐちゃになってしまった。
「サージュ……………………サージュ……!」
鼻水も相俟って、見るに堪えない醜い顔になっている事だろう。
だがもう、この崩れた顔を元に戻す手段は、時間経過の他この世には存在し得ない。
だから、こんなに汚い顔をしていても、嫌わないで欲しい。
どうか、どうか。
「………………サージュ……?」
何か可笑しい。
サージュの目線の先に居るのに、一向に目が合わない。
何の反応も示さない。
何度も、何度も、名を叫んでも。
彼女がそれに応ずる事は無かった。
何だ?
これじゃまるで、俺が居ないみたいじゃないか!
「サージュ! サージュ!!」
叫んでみるが、その声は誰の鼓膜も震わせず、只々虚空に消えていった。
何が起こっている?
何故俺はこうなった?
なぁサージュ!
この声が聞こえないのか?
俺の事が見えないのか?
何か返事してくれよ!
頼むから!
これじゃぁ、これじゃぁ…………
今までの俺は何だったんだよ!
沼喜びだったのか?
無駄な努力だったのか?
なぁ、サージュ。
返事して、そうじゃ無いことを証明してくれよ。
頼みから…………
「失礼します」
突然この部屋に、一人の男が入って来た。
両手を縦に並べた位の高さをした箱を持っている。
…………もうそれが碌でも無いものである事はわかっている。
箱の底面から赤い液体が垂れてしまっている。
「如何した? ダイナス」
「皇后様に献上したいものがございまして、此方へ参上した次第で御座います」
「うむ、聞こう」
いつものサージュとは違った荘厳な皇后としてのサージュは、見ていて新鮮だった。
普段は笑顔の明るい活発な人であるが、今は違う。
仮面を着け、表情を隠し、そうして作られた顔を貼り付けている。
不思議な光景だ。
だが、このダイナスなる男は一体誰だ?
何で今此処に来た?
何者だ?
「先ず早速、此方をご覧下さい」
男、ダイナスがそう言いながら、箱に掛かっていた布を引っ張り、地面へと放り投げた。
「……………………は?」
俺も、サージュも、それを見て口を閉じる事ができなかった。
何故?
何故それがここにあるんだ?
俺は今此処に居るのに。
何でそれが、ここにあるんだ?
可笑しい。
俺は今此処に生きている。
だがそれは、今は入手不可なものであった。
俺は今此処に生きている。
ならば何故、これが此処にあるんだ?
ダイナスの持つ箱にあったのは、俺の首だった。




