走馬灯・・・ー
「………………ナ…………………………」
何か聴こえる。
「…………………………ガーナ……………………」
懐かしくなどない。
「………………ガーナ………………………………」
もう、やめてくれ。
「…………ガーナ…………………………」
ずうっと、ずぅっと、ずぅっと、俺の名前が聴こえる。
「………………ガーナ……………………」
もう嫌だ。
「……ガーナ…………」
起きたく無いが、もう一度、邂逅を果たしたい。
「…………ガーナ…………………………」
パッと目を覚ますと、そこには一人の女性が居た。
少し屈んで、地面に寝ている俺を覗き込んでいる様。
「…………サージュ……………………」
俺は、彼女を見て、わざとそう口にした。
女性は、俺の背中に手を伸ばして、俺の名前を囁いた。
俺は、畏怖した。
もう。
もういやだ。
この姿。
この雰囲気。
彼女は間違い無く、とうの昔に亡くなった、かつての俺の妻、サージュであった。
走馬灯・・ー
――何度も、何度も、夢現。
「どうしたの? 行き成り」
優しい声で、そう語りかけてきた。
「こうしないと、気が狂いそうだ…………」
発狂しそうだ。
何度も、何度も、死んで。
その時の痛みが、脳裏にずっとチラつく。
その度に、体が震え、立つことさえままならなくなる。
「大丈夫…………?」
そう言って俺を少し突き放し、顔色を確認した。
だが、俺はその手を軽く払い、立ち上がった。
「ごめん、大丈夫。何でも無いから」
俺は果たして、誰なのか?
本当に、俺は俺なのか?
――それが正夢となる様、足掻いた。
「今日も朝から農作業かな?」
我が家の前で、そう声をかけられた。
「…………森に」
「…………? ――――そうか……。」
クレリア村長。
温厚篤実な、村長らしい村長だ。
皆に好かれ、彼も皆を好いている。
「サージュさんも、もう暮らして二年になるけど、どう?」
「長閑で良いところです。元々町に住んで居たので、こういう所で暮らすのが夢だったんですよ。だから、今とても楽しいです!」
「そうか、それは良かった!」
満面の笑みで、クレリアはそう言い、それに対するサージュも、眩しい笑みを浮かべていた。
俺はもう、笑えない。
「ガーナ…………大丈夫か? 顔色が……」
「大丈夫……です…………」
疲れた。
早く寝たい。
そうして家の中へと入った。
あぁ、
俺の目の前には、いつも寝ているベッドがあった。
「もうそろそろ夜だから、夕飯にしましょうか」
「ありがとう…………ちょっと疲れたから………………できたら起こしてくれ…………」
「…………わかった」
早く、早く、早く、早く、早く、寝たい。
もうこのまま死んでしまいたい。
そうすれば、痛みも苦しみも無く死ねる。
嗚呼、だがそうすれば、また目覚めるのか?
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
もう、沢山だ。
――必死に足掻いて、軈て何度も死に絶えた。
「聞け! 村の者!!」
外から声が聞こえた。
「この村は、我らオームル王国が支配する! 早速、この村の中央広場に全員集まるように! 時間は三分! それまでに来なかったものは、躊躇なく殺す! さっさと出てこい!」
此処は出て行くしか無い。
後で逃げれば良い。
王国に着いてから。
いや、今逃げれば良いじゃ無いか。
そうだ、今逃げて仕舞えば良い。
何を躊躇っていたんだ?
そうだ、今逃げて仕舞えば良い。
「あの……これから私達は如何なるのでしょうか……」
「これから皇后様の詔に従い、貴様等には私達と共にオームル王国へと向かう。無論、拒否権など無い。若し逃走などと云う愚かな行いを犯した者はその場で死刑を下す。なので、貴様等はこれ以上何も喋るな。口を噤み、只我々の命に従え」
そんな会話が前列の方から聞こえてくる。
今や夕刻。
それに残陽も残り僅か。
後数分もすれば辺りは闇に包まれる事だろう。
俺が居るのは、この列の中列。
敵兵の見張りは前列に二人、後列に四人、中列は散開していて、片側五人で両側合わせて中列十人、計十六人体制で見張られている。
普通に見れば脱出不可能。
だが当然、穴はある。
森の夜は、暗い。
光源など星光と月光のみだが、今日は曇り気味で夜は一寸先も闇だろう。
だが、生まれか頃から此処に住んでいる俺なら、此処の地形も熟知している。
この暗闇。
幾ら十六人で警備していようが、周りの確認が出来ないのだから、俺がこっそり抜け出してもバレる事は無い。
そしてそのまま逃げ、村へ戻る。
それからの事は着いてから考えよう。
兎に角、此処にいても同じ事の繰り返し。
ならば変えてやれ。
自分から運命を。
――それでも、また邂逅出来る日が来ると、願って、進み続けた。
何とか村の近くまで戻ってきた。
村の明りが近い。
何とか逃げ出せた。
そしてそのままゆっくりと歩き、それから全速力で走って、村まで戻って来た。
もうちょっとだ。
もうちょっとで、故郷に戻れる。
――そして軈て邂逅は叶った。だが――――――
もうちょっとで!
もうちょっとで!!
――それに、ただただ、
俺の、故郷に!
――叫喚した。
………………は?
何が起こっている?
何で?
何で?
何で?
何で?
目の前に居たのは、肌が緑色と化した嘗ての村民だった。
何だ?
何が起きている?
そう思い、奥の方へと目を向けた。
そこで繰り広げられていた光景に、俺は憤った。
敵兵が、無理矢理村民を椅子に固定し、持って来た注射薬を投与。
その後その薬が投与された村民は、肌が緑色となった。
未だ小さな子供でさえも、その母親でさえも、老人でさえも……村長でさえも……、肌を緑色に変えられ、絶望していた。
皆その目に希望を宿しておらず、永遠に虚無を眺めている。
皆、生きる意思を無くした。
心を、失った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
気付けば俺は、そう叫びながら注射薬を握っている敵兵を殴り倒した。
そしてその兵の持っていた剣を盗み抜き取り、その兵の首を切り落とした。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
そのまま剣を逆手に持ち、背後にいた兵の胸を切りつけ、それで動きが止まっている内に剣を順手に持ち直し、その兵の人中に突き刺した。
顔に剣を刺された兵はそのまま倒れようとするが、その体を掴み、その兵が懐に携えていた剣を鞘ごと抜き取り、その兵の体を他の兵に投げつけた。
すると兵を投げつけられた兵は当たるまいと横跳びで避けた。
その直前に顔に刺さっていた剣を抜き取り、その投げた兵を避けた所に投げつける。
見事その剣は避けた兵の体に当たり、その兵の心臓を貫いた。
オームル王国での剣を習ったお陰で体に染みついた剣術だ。
皮肉だが、今はそれに感謝する。
只今は、この憤りを何処かにぶつけたかった。
だから、だから今、とても楽しい。
この憤りさえ忘れてしまいそうな。
俺は嬉しかった。
恨みしか無いオームル王国の兵をこうして殺しているのだから。
嬉しい、嬉しい、嬉しい!
さぁ!
もっと殺させてくれ!
もっと、もっと!
もっと殺したい!
首を切り裂いて。
腹から内臓を引っ張り出して。
肺を潰して呼吸を止めて。
丁寧に両眼をくり抜いて。
そして何発かぶん殴ったら、殺したい。
さぁ!
早くしようよ!
早く俺に敵をくれ!
早く!
早く!!!
「グ…………ァ……………………」
突然視界が回転した。
ぐわんと、右回転した。
そして地面に落ちて、初めて認識した。
俺の首が落とされた事に。
あれ?
こんな筈じゃ。
俺はこれから、色んな兵を殺して、殺して。
仇を取るんだろ?
何で?
何で!
何で!!
何で俺はこれで、終わるんだ?!!
首から鮮血が流れ、意識が朦朧としてくる。
サージュ。
待っててね。
必ず、逢いに行くから。
――そしてまた目覚めると、囁かれた。




