157:終焉
「あぁ、アステラだ」
独りぼっちの会議室に、その声ははっきりと響き渡った。
「其方はどうだ?」
声の主は王。
右手に石を持ち、耳に当てている。
ザルモラが発明したと考えられる、通称魔石。
路傍の石ころに通信の魔法を付与する、らしい。
こんな芸当、ザルモラ以外に出来ないだろう。
昔はこの魔石が盗聴に使われて焦ったものだ。
だが今はそんな魔石が便利グッズになっている。
何を隠そう、今現在アルゾナ王国では、魔石を無限生産できるのだ。
理由は簡単。
マグダが魔石に付与されている魔法を複製魔法で覚えた為である。
そうなればマグダが別の石にその魔法を付与してやれば、同じ物が複製できるのだ。
そして王が使っている物も件のそれ。
通信相手は、マグダだった。
『さっき終わったところだ。ザルモラがまぁまぁな数の帝国軍を引き連れてやって来た物だから、こっちも焦ったよ。こういう時の為に集めておいたカルロストに住んでいた帝国人を兵として動員して、戦場に駆り出した。最終的には私の魔法で何人かは死んでしまったが、別に問題じゃぁ無いよ。兎に角、此方に被害は一切無し』
「そうか、なら良かった」
アステラは安堵のため息を吐いた。
『あと、ザルモラも殺したよ』
その言葉に、アステラは複雑な心境になった。
喜んで良いのか。
父上の、シュリの、他にも色んな人達の仇をマグダが討ってくれた。
だが、それを素直に喜んでも良いのだろうか。
人の死を、喜んで良いのだろうか。
不意に喪失感に襲われた。
何故の喪失感なのだろうか。
解らない。
只、シュリの顔を思い出しただけで、心が締め付けられる。
「そうか、そうか………………そう…か」
それしか言えなかった。
それ以上言ってしまうと、もう止められなくなりそうだったから。
ここで止めておかないと。
『そう言えば其方はど『報告します!!』
マグダとの通話中に、誰かが割り込んできた。
少し腹が立ちそうになったが、その声の主と声質から、こうせざるを得なかったのだと理解する。
マグダもそれを察してくれたのか、黙って居てくれている。
アステラは魔石をより耳に近づけた。
「それで、どうだ?」
『アルゾナ王国国境班、勝利です!!!』
その報告に、アステラは思わず地面に腰を下ろし、胸を撫で下ろし、肩の荷も落とした。
「……そうか、そうか………………そうか」
今度の言葉は嬉しさに満ち溢れて居たことであろう。
何故ならその次にその兵が嬉しそうに『はい!』と続けたから。
その後少し間が空いて、別の男の声が聞こえた。
『ガラブです。戦いの詳細ですが、我が軍は圧倒的勝利。帝国兵を殲滅させ、此方の死傷者も数人のみとなりました。大勝利です!』
「そうかそうか!」
その後のガラブの話を聞けば、相手の指揮官が良くなかったらしく、簡単にその手を読んで我が軍に指令を送って居たら、気付いたら敵が全滅していたらしい。
どれだけ無能な指揮官がったんだよと突っ込んでやりたい。
そのせいで死んだ敵兵にも同情するよ。
だがまぁ考えられる理由としては二つ。
エルダが今帝国で何かしら行っている為に有能な指揮官が帝国に常駐しなければいけない羽目になってしまった、又は、正面から攻める国境班は無能にしておいて、帝国にとって本命である海上からの攻撃班に有能な人材を纏めたか。
恐らく後者であろうな。
そうなればリカルが心配だが、あのリカルの事だ。
なんとかしてくれているだろう。
「わかった。今から私も其方に行く。その間、その付近で生存者が居ないか捜索して居てくれ」
『承知いたしました』
それを最後に、通信は切られた。
そう思って居たが。
『おめでとう』
「ありがとう、マグダ」
すっかり忘れてしまっていたが、マグダとの通信は継続中であった。
「取り敢えずそう言う事だ。其方も其方で、頑張ってくれ」
『りょーかいです』
それを最後に、マグダとの通信も切れた。
アステラは魔石をポケットの中へと仕舞い、部屋を出た。
そしてそのまま廊下や階段を進み、外へ出た。
そこにあったは、瓦礫の山。
さっきまで栄えていたギルシュグリッツの街が、瓦解した。
この光景。
第一次帝国侵攻を思い出す。
嫌な思い出が蘇る。
父上、シュリ。
いや、今思い出すのはやめよう。
兎に角今は、目の前の事に集中しなければ。
その時。
北東の方から、暖かい風が吹いた。
強い風だった。
危うく蹌踉めく所だったが、なんとか踏ん張ったおかげで転倒せずには済んだ。
何だ?
こんな暖かい風の吹く時期では無いだろうに。
何だろうか…………
だが、一先ず危機は去ったと考えて良いのだろうか。
国境戦も制し、海上戦もリカルの事だ。恐らく勝利しているだろう。
それにカルロストの方も戦勝したと聞いた。
帝国は敗北した。
此度の戦争。
我がアルゾナ王国の勝利なのでは無いだろうか。
…………勝利とは言っても。
失われた命の数は計り知れない。
何故なら、今私が歩いているこの瓦礫の下にも、幾つもの死体が眠っている事であろうから。
嘗て、つい数時間前まで此処でその生を謳歌して居た人々。
ある人は笑って居た。
ある人は悲しんで居た。
涙を流して居たかもしれない。
迷子の子供なども居たのだろうか。
今日から就職だと気を引き締めて、高揚して居た若者。
いつも通り学校に通う子供。
食材を買いに市場へ行って居た主婦。
色んな人たちがいた事だろう。
だが、そんな千差万別の幾人もの人々が、今は等しく瓦礫の下で死んでいる。
果たしてこれが勝利と言えるのだろうか。
否。
これ程の犠牲の元の勝利は、最早勝利とは断言できまい。
何と無惨な事だろう。
何と酷たらしい事だろう。
この惨劇は二度と起こしてはならぬと心に誓ったのにも関わらず。
その自分との誓約すらも守れない。
こんな自分で良いのだろうかと、何度したか忘れた自己嫌悪に陥る。
嫌……だな。
だがまぁ今は、戦後処理と行こう。
さっさと国境へと向かわないと。
――ん?
アステラは早足で南下していた。
――何だ?
その時、少し上を見上げた。
――何が起きている?
そこには、帝城があった。
――この光は何だ?
そこから、強烈な白い光が放たれて居た。
あまりの眩しさに目が開けられない。
太陽よりも眩しい、白光。
軈てその光は、瞬く間に世界を覆った。
「何だ?!」
そう叫んでみるが、その声は白光の中に吸い込まれて消えてしまった。
周りが白光に包まれ、目も開けられず、周りの状況が一切確認できない。
それと同時に、アステラの足も爪先から消えていった。
「何だ何だ何だ?!」
感覚で理解できた。
目が見えずとも、今私の足が無くなっていっていることはわかった。
軈て脹脛が消えた。
「やめて! やめてぇ!!」
誰かに斬られているのか?
いや、それにしては痛みが一切ない。
太腿が消えた。
「まだ! 死にたく無い!!」
少しずつ、少しずつ、解かされていっているような。
少しずつ、少しずつ、体が灰と化しているような。
腰が消えた。
「何が、何が、何が!!!」
だが、それを止める術は。
今のアステラは持ち合わせて居ない。
お腹が消えた。
「誰か答えてくれよ!!」
いや、止める術などあるのだろうか。
只一方的に、阻むことも出来ず、只々流れに逆らえず。
胸が消えた。
「何だ?! 何だ?!」
そして腕も消え、首も消えた。
地面もなくなり、アステラの頭は自由落下に陥った。
いや、地面はあった。
体から下が無くなったので、只落下しただけである。
「やめて!!!!!」
そのまま顔も欠けて行く。
「やめてぇぇぇぇぇ!!!!!!」
そうして眼球が残った。
最後にアステラが見たものは、白い、白い、黄泉へと誘う光であった。
終焉が訪れた。
私を縛る枷は無くなった。
やっと死んでくれたか、ジュルカ!
この時を只ひたすらに、ひたすらに待ってきて良かった!
これで、これでやっと、この魔法の真価が発揮できる。
とくと見るが良い!
「絶命魔法!!」
その日。
大陸に住まう全ての命は、無に帰した。




