155:矜恃〜カルロスト攻防②〜
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「どうか、生きて、生きて、生きて欲しい。アステラも、マグダも、シュリさんも。どうか生きて、下さい。
もうアステラの晴れ姿を見る事は出来なさそうだが、父として、切に願おう。幸せであれ、アステラよ。
そしてマグダ。その力が唯一の物だからと言って、気負う必要など微塵も無かろう。だがどうか、その力で、誰かを、守ってやって欲しい。
そしてシュリさん。少々空気の読めない所のある不甲斐ない息子だが、これでも私の自慢の息子だ。どうか息子を、よろしくお願いします」
人差し指が、虚空へと指された。
そしてそこから、形成されて行く。
「暁光蝶」
掠れた声が聞こえた。
声の主が老いているからでは無い。
声の主は、もう、死に行く体なのだから。
嘗ての父の姿は凛々しく、しかし今は腹から血を流し、蒼白の肌が折り畳まれ、深い深い皺となった。
そして形成された。
暁の蝶が。
そしてその蝶は、敵地へ飛来し、そこに在った命を借り尽くした。
数千の命が、この世から消え去った。
その代償は、ただ一人の男の命。
彼はその命を賭して、この国に住む我が国民達を救った。
国王としてとても立派な最期であった。
だが、息子はその喪失感に苛まれた。
泪は、出なかった。
シュリさんは、その綺麗な瞳から大量の泪を流しながら、鼻を啜っていた。
兄上は、目を真っ赤にしながら、泪を堪えていた。
だが私は、泣けなかった。
泪が、出なかった。
心にぽっかりと穴が空いた様で。
何も感じられなかった。
体に力が入らない。
視線はずっと地面に向いていた。
呼吸もできない。
何もしたく無い。
と思ったら急に過呼吸になった。
目を開くことすら億劫になってしまった。
嗚呼、もう、もう。
だがこれで、この戦争は終わった。
父のおかげで。
だがどうしても。勝利の喜びに耽る事が出来ない。
当たり前だ。
実の父が死んだ。
これで勝利を喜べる奴が何処に居るか。
だが、父は最期に、私達に望みを託した。
私は、この力で誰かを守れと。
そして、生きろ、と。
そう願われたのなら、この命果てるまでずっと生き続けてやるしかない。
それが父の、最期の望みなのだから。
「アステラ様!」
そんな事を考えていた時。
不意にそんな言葉が聞こえてきた。
私の左前の方から聞こえた。
何だと思い顔を上げた時、私の頭に液体がかかった。
その後、ドシャと、地面から音がした。
シュリさんが、死んだ。
兄上を庇って、死んだ。
何で?
何で?
何で?
何でシュリさんは死んだ?
もう戦いは終わった筈だろう?
何で。
何でだ?
何でシュリさんは、頭を胸に風穴開けて、そこから鮮血を流しているんだ?
なぁ、誰だよ。
誰だよ! こんな事したやつは!!
ふと前を見た。
そこには、ある男が居た。
「ああ、初めまして、私、ザルモラ・ベルディウスと申します」
気付くと私はその男の頬を殴ろうとした。
だが、その拳が男の顔面に到達する前に、私の体は吹き飛ばされた。
男に触れられた訳では無い。
恐らく魔法による物、だが、そんな魔法あったか。
いや、そんな事は良い。
取り敢えず此奴は此処で殺さないと。
「シュリ! シュリ!!」
後ろでそんな声が聞こえるが、そんな事関係無い。
私が炎魔法を放つ。
だがそれは男の前で霧散し、傷一つつけなかった。
水魔法を放つ。
男はそれを半身になって回避した。
雷魔法を放つ。
だがそれは途中で進路を変えられて、これも男に傷をつけるには至らなかった。
だから私は、その三つの魔法を連射した。
逃げる暇も、避ける暇も与えない。
ザルモラとか言うこの男に、集中砲火を浴びせた。
男はそれを、躱し続けた。
どうやら、風で私の魔法の進路を操っているらしい。
覚えた。
私も風の魔法を使って、自身の魔法の進路を不規則に変えた。
すると男はこれに反応出来ず、炎の魔法が見事命中した。
だが次の瞬間。
その傷はみるみるうちに塞がり、さっきまでと同じ様子に変わった。
覚えた。
さぁ! これからが本番だ!
と思えば、男はもう私の前には居なかった。
どうやら逃げたらしい。
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その男が、目の前に居た。
私と男の周りでは、金属製の剣がぶつかり合う男が響き渡っていた。
「良いのですか? お仲間を助けに行かなくて」
「別にいいよ。あんなの、私の仲間では無い。サルラス帝国が送り込んできた不純物だ。そいつらの生死なんざ、どうでもいい。こっちとしては、そのまま数を減らし続けたほうが嬉しいのだが」
「そうですか…………」
男は、少しつまらなさそうな顔をした。
「もうちょっと私を恨んでくれた方が、面白かったのですがね」
「はっ? あれに情でも? ある訳無いだろう」
「奇遇だな、私もそうだ」
「一緒にするな」
「はは、辛辣ですね」
その声を聞くだけで、吐きそうだ。
「…………私が憎いですか?」
「そうでは無いと――」
「リーゲル」
「……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、私は男の顔を殴りそうになった。
だがすんでのところでその拳は静止した。
何とか思いとどまる事が出来た。
「懸命な判断です」
そう言われた時、またストレスが蓄積したが、あまりストレスを溜め込むのは良く無いので、何処かで発散せねば。
「あの男は哀れでした。まさか自分の命を犠牲にするなんて。まさに愚の骨頂ですよ」
私は、男の頬をぶん殴った。
それを男は、甘んじて受け入れた。
だが吹っ飛ぶことも、血が流れる事も、骨が折れる事も、無かった。
只直立のまま、男の頬が青くなった。
だが男が手を頬に当てた瞬間、その傷は無くなった。
「父の侮辱は許さない」
「あぁ、ごめんなさいごめんなさい」
男は、わざとらしい謝罪をした。
益々腹が立ってくる。
今すぐ発散しないと、爆発してしまいそうだ。
「只、貴方の義姉の事は申し訳なく思っていますよ。いや、正確には義姉にはなっていませんでしたね」
「あぁ、もうお前は喋らなくて良いよ」
「…………そうですか?」
「そうだ、さっさと黙れ」
男はわざとらしく、萎縮した様な態度をとった。
一々腹が立つ。
「立ち話も何ですし。始めちゃいますか」
「そうだな。そうしよう」
そうしてくれた方が助かる。
発散どころを探していた所だ。
そして、これで漸く、父上や義姉様、そしてオームル王国で此奴に殺された皆んなに仇が取れる。
やっとだ!
やっと、此奴を殺せる!!
さぁ、始めよう。
そうして、カルロスト攻防は幕を上げた。




