153:日の出〜ガルム海上戦⑤〜
「エルダ」
「ん?」
メルデス大森林の真ん中あたりで、だっただろうか。
そこで、エルダと私の二人だけでアルゾナ王国へと向かっていた時。
「ごめん、変な姿を見せてしまって」
変な姿とは、確か私が酔っ払っていた時のことだ。
「いやぁ、別に良いよ。リカルの別の一面を知られたって事だから」
「そうか?」
「そりゃぁ、今まで見てきたリカルって、強面の威圧感しかない女帝って感じだったからさ。おちゃらけたらああなるんだなぁって」
そう言ってエルダは空を仰ぎ見た。
焚き火がパチパチと音を立てた。
その火の粉が、満天の星々の様に空へと舞い上がって行った。
事実空には無数の星々が煌めいていた。
「ねぇ、エルダにとっての私って、友達……なのか?」
我ながらあの時何でこんな質問をしたのかは解らない。
側から聞いてみれば、気持ちの悪い質問だったのかもしれない。
だがエルダは軽蔑する事も、笑う事もなく答えた。
「そう思って良いなら、そう思うけど」
少し、冷たい様に感じた。
そう私が思った事を察知したのか、エルダが捕捉した。
「いや、今までのリカルの様子を見てたらさ、『俺たちってぇ、友達じゃぁん?』って聞いたら『はぁ?』って返されそうで怖かったんだよ」
特に似てもいない私の真似をするのは気に食わなかったが、どうやら私の事は友人であると思ってくれているらしい。
その事実に、私は少し高揚した。
嬉しかった。
「ありがとう、私に友達なんて。居なかったから」
私は、自分のつま先を眺めながら言った。
凭れていた木の葉が風に揺れた。
焚き火の薪が少し崩れる音が、静寂の中ではっきりと響いた。
その後はまた今までと同じ様に、パチパチと心地の良い音を立て続けた。
「よくよく考えたら、俺も今まで、友達っていう友達は居なかったな…………」
エルダも、思案顔でそう言った。
「って事は俺達、初友達って訳だな」
「そうだな」
「なんか冷たく無い?」
「いや、私は普段からこうだ」
嬉しかったのだ。
嬉しかったのだ。
友達に憧れていて、今こうして友達ができた。
いや、もっと前から実は友達であったのかもしれない。
嗚呼、嬉しいなぁ。
焚き火から、火の粉が舞い上がった。
舞い上がり、舞い上がり。
軈てそれは蝶へと姿を変えた。
蝶が舞った。
灼熱の焔を灯した蝶が、空を舞った。
まるで、朝の暁の如く。
まるで、夕暮れの如く。
まるで、血の如く。
その通り、彼女はその体から血を流した。
肘近くまで斬られた左腕から。
太腿辺りを斬られた両足から。
その鮮血はデッキを伝い、軈て海へと垂れ落ちれば、忽ち海水は赤く染まった。
そして気づけばその蝶は天頂へと昇り、その羽で空を覆った。
紅い海も気づけば蝶の赤みで掻き消され。
空が、赤く染まった。
そしてそれを認知できた瞬間には、空は再び青さを取り戻す。
そして浮かぶは一つの“点”
それは嘗ての蝶であり、彼女の身を焦がした具現でもある。
その彼女は、そこから一つも動かなかった。
いや、動けなかった。
もうそこに本人の意思は介入していない。
その“点”は、徐々に降下していった。
降下先は嘗て彼女が一号と呼んでいた舟の真ん中。
そこではいまだに剣戟が繰り広げられている。
アルゾナ王国の兵は残り二人。
王国の敗退は決定的だった。
だが、その“点”が地面に着いた。
その“点”は熱風と化して周りへと吹いた。
そしてその熱風は、人体を溶かし、船を焦がし、少しの海水でさえも飲み込んだ。
敵も味方も関係なく、その魔法は、そこにあった全ての命を奪い去った。
もうそこには、何も無かった。
鉄製の船は全て蒸発した。
木製の船は燃え尽きて灰となった。
その上に居た人間は焼き爛れ皮膚が溶け体が溶け、そこに居た全員が死に絶えた。
そこには。何も無かった。
生存者は0名。
死者は敵味方合わせて約780人。
ガルム海上戦は、侵攻を妨げたアルゾナ王国の勝利となった。