144:火蓋
「ふっ、良い表情をしてくれるな。その様子だと、絶命魔法の本質も知り得ているらしい。そうだよ、絶命魔法。生物に少しでも触れていれば、その生物を死に至らしめる事が出来る能力。強いでしょ?」
それを聞いて我を取り戻す。
何だと?
目の前の此奴が、絶命魔法師だと?
嘘……か?
いや、そうであってほしいものだが、そうであれば、色々と理解出来るところがある。
何故こんなお金に貪欲な糞野郎が皇帝なんてなれたのか。
簡単な話。
自身の持つ魔法で、兵や臣下を脅してきたのだろう。
そういえば、サルラス帝国兵が戦場へ赴いて人を殺す時、ごめんなさいと連呼していたらしい。
それはつまり……こういう事なのだろう。
脅されたのだ。
戦争へ参加し戦果を上げなければこの魔法で殺すぞ、と。
だから、本来はしたくも無かった人殺しをした。
自分の命か、若しくはその人物の家族の命か。
どっちにしろ、目の前の男がクズ以外の何者でも無い事が確定した。
此奴とは……もう絶対に解り合えない。
考え方も、価値観も、倫理観も、何もかもが違う。
抑も、生物学的分類でも種が違っているのかもしれない。
脳の構造から違っているのだろう。
だとしないと、目の前の生物が人間だととてもじゃ無いが信じられない。
人の皮を被った悪魔だ。
殺人鬼だ。
「…………何を言いたいんで?」
こう訊いた時の俺の顔は、酷いことになっていただろう。
眉間の皺は何重にも重ねられ、目はこれでもかと見開いていた。
そんな顔を向けられても、ロゼは平然と答えた。
「何か言いたい訳じゃ無いよ。ただ、隠しておくのも勿体無いと思ってね」
此奴の思考が読めない。
初めから、此奴の目的に見当は付いている。
短期間での帝城へのお誘い。
俺一人のみという条件。
完全に、俺を排除しようとしている。
そりゃそうだろうな。
此奴に取ったら、アルゾナ王国というものは邪魔で仕方がない。
だから今まで二回派兵してきたが、一回目は先代国王に阻止され、二回目は俺と父さんに阻止された。
一回目の敗戦原因は既に死んでいる為考慮する必要が無いが、俺と父さんは生きている為、早急な対応が必要だ。
少なくとも何方か、よければ何方とも排除したいだろう。
この二人さえ始末して仕舞えば、後は勝手にアルゾナ王国は失墜してくれるだろう。
それで俺か父さん何方を始末するか天秤にかけた時に、俺の方に傾いたのだろう。
だから俺を一人で帝城に呼んだ。
そして明後日という短い期間を与える事で、対策を講じさせにくくする。
そして一人でのうのうとやって来たエルダと帝城で始末して、第三次帝国侵攻を実行するつもりなのだろう。
だが若しそうするのであれば、絶命魔法師である事を明かさずに俺の体に触れてさっさと殺してしまった方が賢明だというのに。
何故そんな事をするんだ?
「そんな事を明かさずとも、何も言わずに俺に触れてさっさと殺した方が楽でしょう。何故教えたのです?」
「簡単な話。そうした方が面白い顔が見えるだろう? 私はね、そんな驚いた顔や絶望な顔が大好きなんだよ。だから教えた。お陰でエルダも良い顔をしてくれた、ありがとう」
やっぱり、此奴は狂ってる。
頭が可笑しい。
「それに、何故私がエルダを殺さなくちゃいけないんだい?」
突然ロゼがそんな事を言い出した。
「は?」
「だーかーらー。何で私がエルダを殺さなきゃならないんだって」
「いやいやいやいや、今までの言動を鑑みればそう思うのは必至でしょう」
「まぁ、言われてみればその通りですね」
そう言いながらロゼは手を顎に当てて、考える様な動作をした。
…………動作の一つを取っても、腹立たしくなる。
「ですが…………そうか。今殺して仕舞えば良いのですね」
そう言った瞬間、ロゼの雰囲気が変わった。
殺気を纏ったような。
威圧感が増した。
何だ?
何なんだ?
「そうじゃないか。今までも何百人も何千人も何万人も殺して来た。たった一人殺す頃に何の躊躇いがあるだろうか。そうだ、そうしよう。殺して仕舞えば良いんだ」
ロゼが狂い始めた。
俺はソファから降りて、後退した。
不気味……とでも言えるか。
思わず吐きそうな雰囲気だ。
だが、それはこの雰囲気を過去に一度だけ味わった事がある。
ガルム諸島で初めてロゼと会った時。
その時も、今と同じような緊張感で埋め尽くされている。
ロゼ・サルラス。
絶命魔法を利用して皇帝にまで成り上がった男。
だがその正体は狂人。
人の命を何とも思わない、自分と同じ人間とは思えない人物。
それが彼だ。
そして彼は、ソファから立ち上がった。
そして、俺に対して対面を向く。
目が会った。
怖い。
怖い。
死にたくない。
だが、ここで勝たなければ、戦争になってしまう。
ならばもう道は一つしか無い。
俺は構えた。
もう、衝突は避けられない。
ならば、殺される前に殺すまで。
「ほほう。エルダもやる気満々だな」
「まぁ、この戦いに大切な国が懸かっているんでね。負ける訳にはいかないんですよ」
「その意気や良し」
そう言いながら、ロゼも構えた。
「それじゃぁ、出来るだけ苦しまない様に殺してやるから」
ロゼのその宣言を境に、両国の命運を賭けた戦いが、始まった。




