140.5:出立
今日は二話投稿です。
「…………これで準備は完了だな」
時は早朝。
日の光が少しだけ漏れ出ている頃。
独り言の様にエルダがそう言い、鞄を背負った。
中には大した物は入っていない。
アルゾナ王国の使者でありエルダ本人である事の証明書やお金、水筒など。
帝国に警戒されてはいけないので、必要最低限のものだけを入れた。
「それじゃぁ、頑張ってきてな!」
そう言ってアステラがエルダの手を握った。
「はい」
力強い返事であった。
「…………頑張って、死なないで……ね」
俯きながら、小さな声でリカルはそう言った。
耳に届くかどうか怪しい声量。
だがエルダはちゃんとそれが聞こえていた。
「あぁ、死なないさ。こんなところで死んでたまるか」
エルダが力強い笑みを浮かべながら、そう言い張った。
「エルダ様! どうかご無事で!」
「我らのために、よろしくお願いします!」
昨日の演説を聞いていた人達だろうか。
リカルとアステラの後ろに、大量の国民は押し寄せていた。
とりあえずエルダは皆に向かって手を振った。
その中から一人、エルダの方へと駆けてくる男が居た。
「エルダ。頑張ってな」
少し震えた声で、男は言った。
マグダ・フレーラ。
エルダの父親。
声が震えていると言うことは、泣くのを必死に堪えているのだろう。
「あれ? 父さんはカルロスト地区に行くんじゃなかったっけ?」
そう。マグダは、もし帝国が約束を破って攻め入ってきた場合カルロスト地区でも対応できる様に、マグダが行くこととなっていた。
「息子の出立くらい、見送らせてくれよ」
「そうかそうか。ありがとう」
そう言うとマグダは、優しい笑顔を見せた。
そう言いながらエルダは苦笑した。
「それじゃぁ、行ってきます!!」
「行ってらっしゃい!」
皆重い思いの見送りの言葉を送りエルダを送り出した。
それを聞き遂げたエルダは、早朝に町中に響く声に耳を傾けながら、帝国に向かって飛んだ。