137:現状報告
これから暫く、更新頻度が下がるかもしれません
そしてその日の朝。
日はとうに上り、朝食を入れたお腹が少し落ち着いてきた頃。
会議は開かれた。
サルラス帝国の企てた、オームル王国掠奪計画についての全貌を明らかにするのだ。
会議に参加するのは、当事者であるアステラ、リカル、エルダ、ガラブの四人は勿論。王政府における要人全員が此処には集まっていた。
この状況こそが、この案件がどれ程重要であるかという証明である。
つまり今此処には、この国の手綱を持つ人達が全員集まっているのだ。
エルダは、緊張で汗だくになっていた。
「先ず、多忙の中こうして集まってくれた事に感謝する」
椅子から立ち上がり、アステラがそう言った。
「此度の件。全ては私の責任にある。此処にいるエルダやリカル、ガラブに何も咎むべき責は無い。本当に、本当に申し訳無かった。心から謝罪する」
そう言って、アステラは深々と頭を下げた。
その顔からは、アステラの感じている遣る瀬無い思いがひしひしと伝わった。
その姿に、エルダはつい罪悪感を覚えた。
アステラは何も悪く無い。
悪いのは、任された事も碌にできないこの無能なのだ。
調子に乗って、慢心して、格好つけても直ぐに負ける、この愚者だ。
「叔父さんが謝る事じゃありません。悪いのは、何も出来なかった俺なんです」
気付くと俺は、そう言っていた。
「そうです。アステラ様は何も悪くありません。無力な私共が悪いのです」
隣のリカルも、そう言って便乗した。
「…………いいや。リカルさんもエルダさんも。何にも悪い事は無い。悪いのは、それを何処か他人事の様に感じていた私達だ。咎むべき責なら、それは私達にある」
そう言ったのは、アルゾナ王国財務課課長、ペルト・マークヒッツ。
普段は明るい性格をしている彼だが、今は至極真面目に、この状況に悔やんでいる様だった。
「いや。全ての責任は私にある。上に立つ人間として、少し慢心が過ぎていた」
アステラのその言葉で、場に暫くの静寂が訪れた。
そしてその静寂を壊したのは、意外な人物だった。
「兄上。失礼ですが、私も参加しても?」
マグダ・フレーラ。
「父さん、何故此処に……?」
「ガラブの腕の治療をしにな」
通りでガラブの回復が早いと思った。
そしてマグダは、エルダの隣に座った。
「…………エルダ。無事で良かった」
少し小さな声で、マグダが言った。
この様子。本気で心配してくれていたみたいだ。
「ありがとう」
それだけ言って、エルダは頭を会議へと戻した。
しかし場に流れるのは重い沈黙。
誰か発言してくれれば軽くなりそうだが、その一歩を誰も踏み出せない。
そうしてもう一分は経っている。
そうしてずっと待っていた時。
「会議中失礼致します」
突然、会議室の隅に、黒い服を身に纏った女性が姿を現した。
入ってきた気配を一切感じない。
気付いたらそこに居た。
何者だ?
「あぁ、どうした、影無?」
今までとは違った面持ちで、アステラはそう言った。
影無。それが彼女の名か。
だが…………一体…………?
「彼女は影無と言って、いつもサルラス帝国に侵入して、帝国内の情報をこちらに伝えてくれる、いわば偵察員だ」
その俺の疑問を感じ取ってくれたのか、父さんがそう教えてくれた。
影無。
サルラス帝国に常日頃侵入していている。
密偵? スパイ? 的な存在らしい。
そして彼女の様子とアステラの様子を見る限り、彼女が此処へ来ると言うのは相当拙い事が起きようとしている。
「報告いたします。サルラス帝国首都、マグノムシュルッツにて、戦争準備と思われる行動を視認。進行状況から鑑みるに、準備が整うのは二週間後と予想されます」
その影無の言葉を聞いて、辺りが騒めく。
要するに、未だ大々的に言っているわけでは無いが、アルゾナ王国との全面戦争を開始すると示唆しているのだろう。
「これは…………相当拙いことになったな…………」
アステラがそう言いながら頭を抱えた。
「…………父さん、何が拙いんだ?」
「今、サルラス帝国は実質的に大陸の領土と、元々オームル王国の物であった領土も実質所持している。つまり、若し戦争となった時、その気になればガルム諸島から海上戦を仕掛ける事もできる。そうなれば、本来南からの帝国兵を危惧すれば良かったのが、その内の幾つかの人員を海の方にも回さなければ行けない。つまり、南からの帝国兵に応戦する兵が減ってしまうのが問題なんだよ」
「成程…………」
現在アルゾナ王国は、此処とカルロスト地区が領土に含まれている。
対してサルラス帝国は、元々あった領土と、先の掠奪計画で手に入れたオームル王国大陸部に加え、国王が死した今、帝国が実権を握っているガルム諸島も然り。
つまり、南からの帝国兵に加え、海から船でやって攻めて来る可能性もあると言うこと。
戦争がより複雑化する。
そうなれば、今まで何とか耐えられていた帝国侵攻も、防衛しきれなくなるかもしれない。
「幸い此処には……王国の要人が集まっている。しかも会議中」
アステラがそう呟いた。
それに対し、此処にいる面々は、覚悟の出来た顔を見せた。
「これより議題を変更する。これより議論するは、これから起こりうるであろう、帝国侵攻についてである」
そのアステラの宣言を境に、会議は始まった。