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Episode.13








「…………で、何か申開きはあるかね?」


 国王が俺に対してそう言った。



 先輩と会った次の日。

 俺は王室に呼び出され、今に至る。

 理由は簡単。

 奴隷を逃していたことについてだろう。

 先輩にその事は話していない。

 という事は、第三者からその情報を仕入れたという事。

 奴隷を逃していたという情報は何処からか漏洩したと考えるのが妥当であろう。


 そしてその憶測は確信へと変わった。


 それが、国王の第一声である。


「いえ…………何も……………………」


 そう言うしか無かった。

 俺が今できる事は、出来るだけ波風を立たせずに場を収める事。

 俺には処罰が下ることだろう。

 だが、その処罰が出来るだけ軽いものになるように努めねば。


「そうであろうな」


 そう言いながら国王は、椅子から立ち上がった。


「つい先日の事だ。ギャリグローバに視察に行っていた兵が、訪問販売で売れていた筈の奴隷を発見したと言うのでな。詳しく調べたら其方(そち)が逃していたそうじゃ。全く、其方は何をしておるのじゃ? そんな事をして、一体何になると言うんじゃ?」


 そう言いながら国王は、俺を訝しんだ。

 国王にとって奴隷は、路傍の石ころと何ら変わりないのだ。

 そこにあっても無くても気に留めない。

 それを自分が踏み躙っても、他人が踏み躙っても、何も言わない。

 だが唯一石ころとの違いは、それを理由に他人を貶められるになら徹底的に貶めるのがこの男だ。


 全く、不愉快極まりない男だ。



「……私も少々、血迷っておりました」

「そうであろうな」


 国王は俺の顔を覗き込んだ後、再び椅子に座り、机に肘をついて顎を手で押さえた。


「それと。其方のせいでモルドは奴隷になったぞ?」







 俺は気付くと、国王の顔に拳を向けていた。

 自制が追いついていなければ、今頃国王は床へ伏せ、俺の死刑は確定していただろう。

 自制しろ!

 我慢するんだ。

 この俺の行動が、アンにまで影響を及ぼすかも知れないのだ。

 もうちょっと考えて行動しろ。


「…………また血迷ったか?」

「その様です」


 俺は拳を引き、さっきと同じ姿勢に戻った。

 相変わらず人の腑を煮えくりかえさせるのが得意な様だ。

 全く、腹立たしい。

 その腐った口で先輩の名を呼ぶな。

 穢れる。



「まぁいいわい。あの奴隷も、きっと高値で売れてくれるだろう」

「…………そうですね」



 心が痛んだ。

 先輩、ごめんなさい。



「幾らくらいになると思う?」

「さぁ、私にも想像しかねます」

「ほぼ全ての奴隷の収支を把握している其方が、か?」

「はい。私達が伸びないだろうと思っている奴隷も、時々馬鹿に出来ないような値まで吊り上がる時がありますからね」

「うむ、其方の言い分も尤もじゃの」


 苛立たしい。

 何で俺がこんなクソみたいな会話をしなくてはいけないのだ。

 何故俺は、先輩を物の様に扱っているんだ?


 判っている。

 心の中では、そんな事を思っていない事くらい。

 俺はそんな事思っていない。


 だから今の俺はこんなにも傷ついている。

 心が痛んでいる。


 俺は国王とは違う。

 俺は国王とは違う。


 そう言い聞かせてみるが、余計に心が抉れた。





「…………で、其方の処遇じゃが。」



 俺は唾を呑む。



「本来であれば財務資金調達妨害罪で死刑じゃが、此度は特例で、余が判決を下してやろう」


 全く偉そうに、国王は判決を告げた。


「今後ヒリーは、その身朽ちるまで此処で働け」


 その判決に、俺は複雑な心境となった。

 未だこの狂人と共に居る恐怖と、死刑を免れた安堵が入り混じった。


「辞めることも、逃げる事も断じて許さん。死ぬまで今まで通り働き続けろ。解ったな?」

「……承知いたしました」



 また地獄が続くのかと、俺は肩を落とした。


 こんな時に堂々と拒否できる様な強い人に、俺もなれたらな……

 俺は只、自分の体裁を守る為に皮を被り、上に付き従うしか出来ない弱者だ。

 …………自分が嫌いだ。

 死にたい。

 だが、それは出来ない。


 俺には、守るべき娘が居るのだから。




「あっ、ヒリー…………」


 部屋から出ると、ギニルに出会した。

 ギニルの顔を見る限り、俺が此処に呼ばれた要件を理解しているらしい。

 その顔は、とことん曇っていた。


「………………ギニル」


 俺は決心した。

 先輩と別れたあの日に。

 それを伝えるなら、今しかない。


「ごめんけど、俺、やめるわ」

「……そうか………………」


 主語を抜いたが、ギニルには伝わったらしい。

 どうも、主語を言うのが、俺の中で憚られた。


「これ以上続けると、アンにも迷惑がかかるかも知れないからさ…………」

「…………そうか」


 訊かれてもいないが、理由を話すと、ギニルは淡く笑みを浮かべながら言った。


「ヒリーがそう決めたのなら、俺は何も口を出さない。この数ヶ月間、ずっと協力してくれて、ありがとう」


 ギニルは少し泣きそうな顔でそう言った。

 ……やめてくれよ。

 そんな顔されたら、俺だって傷つくじゃねえか。

 この決断は本当に正しかったのか、判らなくなる。


 だが、そう思案している時にはもう、ギニルは居なかった。



 本当にこれで良かったのだろうか。

 本当にこれで、アンを守る事が出来るのだろうか。


 こんな弱い人間に、そんな事が出来るのだろうか。











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