Episode.5
「大丈夫だった? 何もされなかった?」
上司がまぁまぁ大きな声でそう言いながら、俺の体をベタベタ触る。
「大丈夫、大丈夫ですから! そんなに触らないでください!!」
「あっ、ごめん…………」
少し赤面しながら、上司は後退した。
アンを貰い家に帰った時、上司に会わずにそのまま帰ってしまったので、上司は酷く心配したらしい。
ちなみに今アンは、家にバルフィールと一緒に居る。
俺が「仕事に行く」と言うと、「なら俺がアンちゃんの面倒を見ておくよ」と快く引き受けてくれた。
いずれ一人で留守番できる様にしなきゃだけど、初めのうちは誰かがいてくれた方が良い。
バルフィールには感謝だな。
そして今、上司に心配されている。
「…………で、王室で何があったの?」
なんか、俺が怒られているみたいに、上司は俺に訊いた。
「えーっと、国王様に『お前の仕事は素晴らしい』って褒められました」
「…………それだけ?」
「…………………………まぁ……」
アンの事は黙っておきたい。
もし話したら、上司が俺の事を心配している姿が容易に想像できる。
これ以上上司のストレスを増やしたくは無かった。
「…………嘘」
バレてしまった。
さて、どうするか。
「…………嘘って、何がです?」
「それだけで終わる筈が無い。絶対何かあった」
「何も無いですって!」
「いいや、絶対あった。言ってみ?」
「いやだから、無いですって!」
「うっそだ!!」
もうどうしようもないらしい。
「………………奴隷を……貰いました」
「え?」
俺の言葉に、上司は驚愕した。
「八歳位の女の子です」
「いやいや、そう言う問題じゃなくて。えっ? 奴隷を貰ったの?」
「…………はい」
それを聞いて、上司は深いため息を吐いた。
「…………で? 後輩ちゃんはその子をどうするつもりなの?」
「………………自立できるまでは育てたいな……と」
再び上司はため息を吐いた。
「つまり、家で飼う訳ってことね」
「飼うんじゃありません。一緒に暮らすんです」
上司に否定の言葉をぶつけるのは嫌だが、その“飼う”という表現は嫌だ。
「あっそ。まぁ、精々仕事に支障をきたさない様にね」
そう言って上司は、席に戻った。
「あ、あと。その奴隷ちゃんに、情を移しちゃ駄目だよ」
「何故です?」
「……良いこと無いから」
少し小さな声でそう言い、上司は仕事に戻った。
上司と少し、距離ができた気がした。
「ただいまー」
そう言いながら俺が扉を開けると。
「お父さーん!!」
そう言いながら、アンが抱きついて来た。
何とも可愛い奴だ。
「おかえり」
するとその後ろから、バルフィールが顔を覗かせた。
よく見ると、バルフィールの前にある机の上に、ノートが一冊置かれてあった。
「二人で何をしてたんだ?」
そう訊くと。
「おじさんに文字教えて貰ってたんです。何個か書けるようになりましたよ」
ドヤ顔をしながら、アンはそう言った。
「おう、えらいえらい」
そう言って頭を撫でてやると。
「えへへへへ」
少し照れながら、アンは笑った。
やはりどうやっても、俺にとってアンは、只の女の子にしか見えない。
どうも、皆が卑下する奴隷だとは見えない。
俺が帰ったので、バルフィールも帰って行った。
夕ご飯を食べたら、アンが学んだ文字を見てやらないとな。
褒めたらアンはどんな反応をしてくれるのだろうか。
笑ってくれるのかな。
そのまま、「お父さん大好き!」とか言ってくれるかな。
いや、それは流石に無いか。
ってか、そんな妄想をするとか、俺も大分と気持ち悪くなって来たな。
今なら、世の親バカの気持ちが分かる気がするよ。
でもまぁ、こんな俺なんかより、よっぽど子育て上手いんだろうな。
いつか俺もそうなれたら良いけど…………
そうして暮らし始めて二ヶ月が過ぎた。
アンも一人で留守番ができるようになり、この生活にも慣れてきた。
家の掃除やご飯などを当番制にし、出来るだけアンと俺を対等な立場で暮らそうと心がけた。
そのおかげか、アンもだんだん俺に対して反抗するようになった。
反抗と言っても、世の思春期っ子の反抗期とは違う。
只、俺の意見に対して「それは駄目です」とか、「嫌です」とか、遠慮なく言う様になった。
親としては嬉しい限りだ。
そして、今日も今日とて出勤出勤。
結局あの後、何だかんだ知らぬ間に仲直りした様で、前と同じ仲良し上司後輩になっている。
時間が解決するとは正にこう言うことだな。
季節は冬。
辺りは銀世界へと姿を変え、白い息を見て一年の終わりを悟っていた。
そんな時の、財政部。
「そういやさ、私結婚してるのよ」
「え゛」
突然上司がそう言った。
それに対して俺が変な声を出してしまった事には、目を瞑っていてほしい。
「あれ? 言ってなかったっけ」
「初めて聞きました」
「ほら、指輪」
「あー、本当だ」
上司の左手薬指には、少し控えめな指輪が填められていた。
「それでね? 息子がね」
「息子さんも?!」
「え?」
「え?」
まさか子供も居ただなんて。
何だ? 今日は。
「これも言ってなかったっけ」
「まぁ、結婚している事を知らなかったら、子供さんも居るなんて知ってる筈ありませんしね……」
「そっか、言われてみれば」
…………何なんだ、今日は。
「それでね? 今夫も息子もサルラス帝国に居るんだけど、息子がね? 後四ヶ月後、学校に入学するのよ!」
「そ、ソウナンデスネ」
「だからね、四ヶ月後は何日か仕事休むと思うから、宜しく」
今日の上司は機嫌が良い。
何かあったのか?
でもまぁ、こんなに嬉しそうに何かを話す上司は初めて見た。
息子の入学が嬉しいのだろう。
でも、何でわざわざそんな先の休暇宣言を今するんだろうか。
「何でそんな先の事を今?」
訊いてみると。
「何となく、話したかったから。ほら、良いニュースってさ、人に話したくなるじゃない? あれよ、あれ」
「はぁ…………」
「取り敢えず、四ヶ月後の何処かで休むから! 宜しく!」
「は、はい」
このノリについて行けない。
こんな上司初めて見た。
こんな一面もあったんだな…………
俺は少し嬉しくなった。
「んじゃ後輩ちゃん! 今日も働くとしましょうか!」
「はい!」




