134:大逆者
第四章、最終話です。
まんまと嵌った。
完全に、帝国の手の上で遊ばされている。
思い通りの働きをしている。
帝国の計画は完璧だった。
最終目標は、オームル王国領土の掠奪。
その為に帝国は、先ず大陸部を攻めた。
大陸部にウイルスを蔓延させ、それによる大陸部住民の殲滅を目論んだのだ。
それに釣られてアルゾナ王国もやってきたら、帝国が顔を出してやれば良い。
どうせ全員死ぬ命。
ウイルスで死んでも、帝国が全滅させても、問題はない。
だから、アルゾナ王国が来たら、帝国から兵を送り、一部の王国兵と、大陸部住民全員を殺す。
そうすれば、大陸部を掠奪するに当たって邪魔だった大陸部住民を消せ、敢えて生き残らせた王国兵が、アルゾナ王国でその情報を広めてくれる。
お人好しのアルゾナ王国の事だ。
それを聞いた国王が黙っていないと、帝国は考えた。
そのまま国王はガルム諸島へ行き、そこのオームル王国国王であるダイナスへ、帝国の脅威を伝えるだろうと、そう仮定した。
いや、仮定では無く、断言であったのだろう。
アルゾナ王国からしてみれば、帝国は、自国の安全も脅かされない相手。
そんな相手にいざ立ち向かうとなった時に、同盟国は必須。
ならば、頼れるのは勿論オームル王国のみ。
そうしてガルム諸島へ赴いた時に、帝国はダイナスを殺す。
今回は勝手に自殺したが、いざとなれば殺していた筈だ。
そしてダイナス殺害の罪をアルゾナ王国に擦りつけ、オームル王国から追放する。
そうすれば、オームル王国の主要人は世を去り、その空席に大逆者から国を守ったサルラス帝国が座り、実質的にオームル王国を侵略できた事になる。
これが帝国の作り上げたシナリオで、その通りになっている、と。
そして今の俺たちは、正に帝国の思う壺って訳か。
「エルダ、私達を浮かせる事は出来るか?」
王城から脱出しブルリダ港へ向かっている中、叔父さんが訊いてきた。
「すいません。さっき気を失っていたので力が残ってなくて…………恐らく、海を越えるので精一杯かと…………」
「判った。それじゃぁ、港まで走ろうか!」
軽快な声で叔父さんがそう言い、さっきよりも速く走った。
もう、こうする以外どうしようもない。
それが判っているからこそ、こんなにも叔父さんは吹っ切れているのだろう。
取り敢えず、今は走るしかない。
足を前へ、前へ。
「号外号外!!」
不意にそんな声が聞こえた。
新聞売りだろうか。
「ダイナス王が崩御なされた! 大逆者は、アルゾナ王国国王 アステラ・アルゾナ他二名! 内浮遊魔法師であるエルダ・フレーラは、過去に殺人を犯している大罪人だ!」
それを聞き、俺たちは思わず足を止めた。
「あ、有り得ない…………」
アステラがそう呟く。
「何故、こんなにも早く、新聞屋に情報がリークしているんだ?」
アステラがそう呟いていると、新聞売りが、俺にその新聞を渡してきた。
大罪人とほざきながらも、その本人の顔は知らないらしい。
俺はその新聞に目を通した。
[ダイナス王 崩御 犯人はアルゾナ王国要人三人]
そう、見出しには書かれている。
そして、こんな短時間では書けない様な長文の下に、それはあった。
「…………何故これが………………?」
そこには、一枚の写真が掲載されていた。
写真の右には、燃え盛る家屋。
写真中央には、一人の青年。
その手前には、謎の力に潰される人。
青年の足元には、右首筋にナイフが刺さって死んでいる、緑色の肌をした少年。
間違いない。
オーザックが殺された現場である。
「…………そういえば………………!」
あの時。
オーザックを殺した奴の後ろに、もう一人 人が居た。
其奴が立っていた位置とこの写真の撮影位置を鑑みると、場所が符合している。
だが、その時其奴はカメラなど持っていなかった。
そして、カメラも無く写真を写せる人物など、思いつくあたり一人しか居ない。
ザルモラ・ベルディウス。
…………そうか。
だから、大陸部で会った時、「初めまして」 では無く、「お久しぶりです」と言ったのか。
合点がいった。
そうか。
この計画は、もうオーザックを殺した時点から、始まっていたのだろう。
何とも、大層な事を考えたものだ。
「アステラ王、今は驚いている場合では有りません。早く此処から脱出しないと!」
新聞売りの声に驚愕しているアステラに、リカルが喝を入れる。
「あぁ、そうだな、済まない。それじゃぁ、行こうか!」
そう言い、アステラはまた、走り出した。
ブルリダ港。
此処へ来た時は、此処の美しさに心を奪われたものだ。
素晴らしい街だと、高揚した。
だが、今はそんな余裕が無い。
「それじゃぁ、脱出します!」
「頼んだ!」
俺の一言にアステラがそう返した。
リカルと目線を合わせると、リカルは一度頷き、体制を整えた。
俺は、二人の体を浮かせ、出来るだけ最高速で、アルゾナ王国へと向かった。
グリリアに依頼されて始まったこの阻止計画。
大陸部に特効薬を届けたが、そのせいで使節団はほぼ全滅。
そこにいた住民も全滅。
それを伝え、同盟を結ぼうとガルム諸島へ赴くが、突然俺が倒れたり、暴走したせいで、ダイナスは自害。
そして突然やってきたザルモラとロゼに殺人の罪で追い出され、脱出した。
ダイナスの言葉。
忘れもしない。
『妹が、フィリミが、』
フィリミが言っていた兄。
それは、他でも無いダイナスであったのだ。
済まない、フィリミ。
兄を救えなくて。
あの自殺は止められた筈だ。
なのに俺はしなかった。
出来なかった。
別の俺が俺の中にいたせいで、憚られた。
済まない。
済まない。
この後、オームル王国は、サルラス帝国の庇護下に置かれる事となった。
サルラス帝国の企てた掠奪計画は、完遂されたのだ。
アルゾナ王国は、守ることが出来なかった。
アルゾナ王国は、負けたのだ。
———リカルは、廊下で拾った手紙を、固く握りしめた。