115:住民交流
リカル視点
――――時は少し遡る。
「…………え? 帝国の事は言わないの?」
演説会の前日、私はエルダにそう訊かれた。
「ああ、言わない。言うと混乱を起こす。今は兎に角、特効薬を摂取して貰って、健康体へと戻ってくれる事が第一目標だから。」
「でもまぁ、それが一番得策だろうな。中途半端に帝国の名前を出せば、まず間違いなく混乱が起きる。」
「だから、タリアや他の使節団員にも、帝国については他言無用だと伝えておく。エルダからも、念を押しておいて欲しい。」
「了解。」
――――――――――――――
さて。
本題に移る。
演説というのは、自己紹介を兼ねた前座と言っても過言では無い。
此処に住民を集めた一番の目的は、この場を利用して住民とのコミュニティの幅を広げ、信用を得る事。
その為に、使節団員は今から、積極的に色んな住民と話をする。
嫌がられる場合もあるかも知れないが、できるだけ友好な関係を築く為、尽力する。
幸い、アステラの選んだ使節団員は、優等生が多い。
こういった対人の仕事においても、まず重大な失態は冒さない。
そういう点で私は、使節団員を信用し、このイベントを計画した。
成功すると良いが…………
舞台から降りた使節団一同は、そのまま聴衆の方へと移動した。
舞台が見下ろせる位置に来た頃、タリアが走り寄って来た。
右前を見れば、聴衆が一望できる。
「かっこよかったです!!」
タリアの軽快な声が響いた。
「ありがとうございます。それもこれも、タリアが手伝ってくれたおかげですね。」
「いえいえ、僕はただ、リカルさんの助けになりたかっただけですし、僕一人だけでは何も出来ませんから。」
タリアが、少ししんみりとした顔をする。
「……さっ、リカルさんはこれから色んな人と話をするんでしょ? 僕もついていきます。」
「あ、ありがとう。」
そう言ってタリアは、いつもの定位置についた。
リカルの右隣。
そこが落ち着くらしい。
「久しぶりぃ〜!!」
「お久しぶりです。コーリさん。」
「名前覚えていてくれたの? ありがとー!!」
不意に声をかけて来たのは、大陸部の中心近くで農業を営んでいるコーリさん。
凡そ四十代くらいの女性で、少しふくよかな体型が、この人の優しさを表している様。
以前も気さくに話しかけてくれた方で、今でも彼女の事ははっきりと覚えている。
「演説ご苦労様。緊張した?」
「まぁ、少しは…………」
「そうよね〜。こんな大人数の前で喋るってなったら。私なら緊張で倒れちゃいそう。流石、国王秘書。」
「いえ、それ程でも………………」
「それ程でもあるわよ! そんなに謙遜しないで。若い頃は謙遜なんかせずに、自分に自信を持って過ごさないと!」
「…………ぜ………………善処します……」
そんな様子の私に対して、コーリさんは高らかに笑い声をあげる。
優しい人だ。
誰にでも気さくに話しかけてくれる、正に太陽の様な人。
こんな、原因不明の病が流行している地でも、日々を楽しく生きようとする人達がいる。
その事実は私に、人間の強さを教えてくれた。
どんな場所でも、どんな状況でも、人は幸を求める。
その過程で、ただ己が欲の為に暴虐を繰り返すのが弱い人間であり、その幸を周囲と共有出来るのが、強い人間である。
私は何方なのだろうか。
できれば、後者の方で居たい。
私も、強い人間に。
その後も、色んな住民達と交流を続けた。
友好的に接してくれる方が殆どだったので、こちらとしても、とても楽しい時間が過ごせた。
特にエルダは、小さな子供からの信頼が厚かった。
浮遊魔法で浮遊するのが、子供達にウケたらしい。
その後も色んな子にせがまれ、断りきれないエルダは、全て引き受けていた。
そしてそれを遠くから眺めるのが、若い女性陣。
なんだかんだエルダも美形の部類には入るので、モテた。
本人は全く自覚していない様だが、あの女子陣の視線を見るに、そうに違いない。
こんなに見られているのに察さないとか。
鈍感なのか、何と言うか。
他の使節団員も、住民達と友好な関係が築けている様に感じた。
やはり皆、コミュニケーション能力が高い。
直ぐに馴染んでいた。
流石としか言いようがない。
特に、今後ろで話している、団員でも特に若いユークは桁違いに長けていた。
若さ故のアグレッシブな感じが、意外にウケたらしい。
ぱっと見チャラいが、信念はちゃんとしている。
葉と茎はフラフラな様に見えるが、根っこだけはちゃんと地面に張っていて、花もなんだかんだ絢爛に咲いている。
少なくとも、エルダと彼との話を盗み聞きした限り、そう思える。
彼の誠実さは信用たるものだ。
少々チャラくても、些細な問題に過ぎない。
「え? マジっすか? え〜? マジやばいっすね!」
うん。全然些細じゃなかった。