110:没落と少年
かつては、とても美しいところでした。
灰色の石を塗装して作られた数々の家が立ち並ぶかつての王都は、豪華絢爛たる装飾の施された王城を中心に構成されていて、毎年行われる王国発足の式典では、街中が様々にデコレーションされ、その度に僕は喜びの舞を踊ったものです。
あぁ懐かしい。
春には木蓮の花がその栄華の美を飾り。
夏には炎天下の中吹く夜凪で涼み。
秋には紅葉する木々を眺めながらホッと一息つき。
冬には空から舞い降りる純白の雪が街を銀世界へと変貌させる。
それが、かつての王国でした。
ですがある時。
王城が突然、裳抜けの殻と化したのです。
それと同時に、王国の要人達も全員、姿を消していました。
皆それを不審がり、その不安は、瞬く間に伝染し、当然当時四歳だった僕でも不安を覚えたものです。
そんな時です。この国に異変が起こったのは。
要人が消えて一年後。
突然、隣人が原因不明の感染症で病死しました。
その次、その隣人の息子も病死しました。
仲の良かった子なので、未だ幼かった僕は、その現状を受け入れられず、家から逃げ出しました。
そして数時間して戻ると、母が床に伏せていました。
その三時間後。母も息をしなくなりました。
そしてその波紋は広がり、瞬く間に沢山の人が同じ病で死に悶えました。
大陸部に住んでいた人々の凡そ六割が、その感染症で死んだと聞きます。
その内、整備されなくなった家屋も、崩落していきました。
原因は簡単です。
感染症のせいで収入源が途絶え無職となった人々が、病死して裳抜けの殻となった家屋を荒らし、物品を盗み売り捌いていく過程で衝突が起き、碌に整備もされなかった脆い家屋は崩れ落ちる。
そんな事例が各地で相次ぎ、結局、かつての栄華は没落し、見る影も無くなりました。
そうして僕もいつしか、十一歳となりました。
何とか日々を生き抜き、今こうして地面に寝ています。
日々の食料は、港から時々送られてくる海産物と、誰も居なくなった家屋で盗んだ非常食など。
お金もそこから調達しています。
一昨日も、こうだった。
昨日もこうだ。
どうせ今日も、同じような日が続くんだ。
そう思いながら空を眺めていると、不思議なものが写りました。
空に、四十個近くの人影が浮いていたんです。
そしてその人影は、地面へと降りて言いました。
「初めまして。私達は、アルゾナ王国からの使節団でございます。この地で蔓延しているテロスウイルスを治療する為にやって来ました。」
――――――――――――――――
「ひょえぇーーー、たけぇーー」
そう言いながら空中浮遊を堪能するのは、使節団でも下っ端。
傭兵のユーク。
給料目当てで傭兵になったそう。
家は雑貨屋を営んでいるそうで、いつかは傭兵を辞め、店を継ぐらしい。
「楽しいか?」
「はい! とっても。初めての経験なもんで……」
「そりゃそうだろ。逆にこれが初じゃなけりゃ誰だって話だよ。」
「はは、そうっすね。」
見た目だけ見れば、エルダよりもこの男の方が幼い。
だが年齢で言えば、ユークの方が少し上なのだ。
けれども、ユーク自身は、エルダと年上だと勘違いして接している。
別に良いかと、エルダは放置していた。
「でも、エルダさんってすげぇっすね。俺と同じくらいの歳なのに、俺よりもちゃんとしていて。だって、エルダさんがカルロストで苦しんでいた人達を助けたんでしょ? 俺なんかそんな事。見て見ぬふりしていたと思いますし。いつか俺も、エルダさんみたいな強い人になりたいなーって。すいません、下っ端の分際で烏滸がましい事を言って。」
「いいや。俺なんか、強くなんか無いよ。あの時も、俺がしようと言ってしたんじゃなく、現地にいてこの国を変えたいと奮起していた人達に便乗したようなものだ。決して俺は強く無い。ならば、仲間は殺されかけていないし、友人も殺されていない。俺が弱いから、誰かに助けて貰わないと我を通せない。俺は弱い。俺は弱いよ。見習うなら、リカルとか叔父さんの方がよっぽど良いと思う。」
「……そんな事、俺は思えません。自分には、困っている人が居たら直向きに助ける、尊敬できる大先輩です。」
ユークが、少し笑んだ。
エルダは、ユークを少し誤解していた。
金銭目当てのチャラ男かと思ったが、そうでは無いようだ。
「なぁユーク。一つに聞きたいんだけど。」
「何っすか?」
「ユークは何で、傭兵になったのさ。金銭目当てなのはわかるけど、後々継ぐなら、家業に就いた方が良いんじゃ無いかなって。」
「それは…………」
ユークは少し黙った後、いつもの振る舞いからは想像できないような、真面目な声で言った。
「ウチ。昔親父が、女つくって家から出て行って。俺が生まれた直後の話なんですけど。それで母ちゃんは雑貨屋を開いて、少しでも俺に裕福な暮らしが営めるようにって、毎日身を粉にして働いてくれたんす。だから。
その恩返しっつっても少し変な話なんですけど。
母ちゃんを守れるくらいに強くなりたくて。それで持って母ちゃんが雑貨屋を営めなくなって、それが何かしらの病気とかだった時に、母ちゃんに十分な医療を届けられるだけのお金を稼ぐ為に。
そのために俺は、傭兵になったんっす。すいません、長々と。」
それを聞いて、エルダははっとした。
それと同時に、エルダもこの男の力になりたいと願った。
「いや、ありがとう。」
エルダがそういうと、少し照れた顔で、なりきれていない笑顔を見せた。
この男は信頼しても良い。
もし何かあったら助けてやろう。
エルダはそう思った。
「皆さん! オームル王国の中に入りましたよ!」
リカルのその声を聞いて、皆下を見下ろす。
崩れた家屋。
転がる瓦礫。
それらが、皆に衝撃を与えた。
それを見たエルダは、少し前のギャリグローバを思い出した。
そのまま約四十人の使節団は、下降していった。
始まる。
帝国の計画を阻止する。
そして、酒屋寝落ち事件を不問にして貰う。
皆その一心で、地に足をつけた。
「初めまして。私達は、アルゾナ王国からの使節団でございます。」