109:『いざ』
「…………んーーー…………」
窓から陽光が差し込む。
それは、暗い店内を明るく照らした。
その日の始まりを告げる陽は、同時に、地を歩く者に朝を齎す。
皆が目覚め。
皆が固くなった体を伸ばし。
想い想いに、その陽光から何かを考える。
ある者はカーテンを開きながら。
ある者は陽光から背きながら。
そして此処にいた者は………………
「「「「あ゛ぁぁぁぁぁ!!!」」」」
自分達が酒場で飲んだまま寝ていた事を悟り、皆絶叫した。
「あっ、おはようございます。スッキリ眠れましたか?」
優しい声で、店主がカウンターから皆に訊いた。
だがその目は笑っていない。
「「す、すいませんでしたぁ!!!!!」」
皆急いで支度をし、飲むだけ飲んだビール瓶やらお皿やらをカウンターへ運び、それぞれ会計とは別に慰謝料を幾らか払い、颯爽と店を駆け出した。
「おやおや。お帰りがだーいぶ遅かった様ですね。」
アステラの冷徹な声が部屋に響く。
結局、酒屋で寝過ごした約四十人は、机が片付けられた会議室で、アステラから説教を受けていた。
その四十人の中には、リカルやガラブも含まれていた。
全員、冷や汗を流し、顔を真っ青に染めている。
「まぁ、今回の件は言及しないでおきましょう。
尤も、これからの作戦を完璧にこなしてくれる事でしょうね? まぁ、こなせなければその時は…………」
「「ももも、勿論!」」
ちゃんと時間通りに帰っていたエルダは、そのアステラを見て、こえぇーと思った。
それ以外、特に何も思わなかった。
完全に他人事である。
まぁ実際そうなのだが。
「取り敢えず、今日の所は三ヶ月間酒類禁止だけで許そう。だが、次は無いと思え。」
「「はい………………」」
許す。
その言葉がアステラの口から溢れた時、皆安堵した。
これで解雇やら、給料何割減とか言われれば、それこそ拙い。
酒類禁止だけで済んで、本当に良かった。
そうして心を撫で下ろす様子を見て、エルダはため息を吐いた。
因果応報。
自業自得とは、こういうものなのだ。
その後一同は、出発の支度をした。
エルダは、特効薬の入った木箱三つ
リカルは、アルゾナ王国からの正式な使者である事を示す証明書や、その他諸々の、秘書としての仕事用具。
その他の者は皆、十数日分の食料や衣服等の生活必需品を。
それぞれ鞄の中に仕舞い(エルダ以外)、アステラの部屋に集まった。
「一同、出発の支度が完了致しました。」
一人の使者が、そう言った。
「解った。」
アステラがサラッとそう言い、立ち上がった。
「よく聞け! 此度の計画は、これからのアルゾナ王国政治と、隣国との国交樹立と平和条約締結が目的となる、非常に大事な計画だ! それに加えて、忌々しきサルラス帝国の野望を打ち砕く重大な任務でもある。
皆、心して掛かれ!
我が国民と、病に苦しむ人々を救う為に!!」
「「はっ!」」
そう言いながら、皆頭を下げる。
それを見た後、エルダはアステラの方へと視線を向けた。
アステラが、少し嬉しそうな顔で、エルダを眺める。
――――昨夜。
「なぁエルダ。」
「何ですか?」
「明日皆が出発する前に、ちょっとしたい事があるんだけど。」
「…………なんですか?」
「そんな面倒臭そうに聞くなよー。まぁ良いや。
皆が出発する前にね。ちょっと威厳ある王様みたいな事をやってみたい訳。」
「……いつもやってるんじゃ無いですか?」
「そうじゃ無いんだよ。もうちょっと……何だろうな。威風堂々たる立ち振る舞いで、皆を鼓舞する様な事を言い、皆の士気を高めて…………見たいな。ファンタジー小説に出てくる感じの。」
「…………別にやったら良いんじゃ無いですか?」
「………エルダがそういうなら。」
「……………………はぁ。」
――――――
王宮の正面玄関に来た。
そこに並んでいるのは、パンパンに入った割と大きめな鞄を背負った者と、軽そうなトートバッグを持つ秘書と、手ぶらの青年。
大きめな鞄には、大量の食料と、大量の衣服が入っている。
重量もまぁまぁあり、皆少し辛そうな顔をしている。
それを見て、「男ならシャキッとしてください」とリカルは塩対応した。
その声かけのおかげ(?)か、今となっては皆背筋が伸びている。
やはり、第一王子の美人秘書はファンができるんだなぁ。
そしてリカルの持っているトートバッグ。
容量もあまりなく、書類しか持っていない事を悟らせる。
エルダは手ぶらだが、後ろの大きな、二人がかりでも持ち運ぶのが大変そうな木箱があった。
エルダが浮遊魔法を行使する事を見ている人たちに伝えると、皆目を丸くして見ていた。
「それでは。行って来ます。」
「行ってらっしゃい!」
リカルの冷徹な声とアステラの優しい声が対比した。
そして約四十人全員は、オームル王国大陸部の方を向き、全身を力ませた。
いざ、参ろう。
隔絶国と言われる謎の国へ。
病魔のいるウイルスに侵された国へ。
約四十人全員の体が同時に中に浮き、一同や見物人が思い思いに声を上げた。
それを聞きながら約四十人は、壁を越えんと、天へと上昇し続けた。
そして壁へ辿り着き、オームル王国の大陸部を眺めた。
「…………っ!」
「こりゃぁ…………」
「酷いな……………………」
空から眺めた大陸部は、かの栄華の見る影も無い、カルロスト連邦国のスラムを彷彿とさせる貧困の地であった。




