99:告白
その後、誰がどの家に住むのか中々決まらず、喧嘩は続いた。
グリリアの家を出る時には陰気そうだった人達も、大声で叫んでいる。
よっぽど高揚しているのだろう。
だがフィリミは、それを側から見ていた。
「余った家で良いよ」と言わんばかりの立ち振る舞いである。
それを見ていると、叫んでいる九人が幼く見えるが、それ程までに困窮に陥っていた事を考えると、喧嘩が出来る程住民の心に余裕が出来たのだと、エルダは安堵する。
心の余裕は、人々を幸福にし、時には衝突を起こす。
だがそれらは、自身が幸福を追い求める為のものであり、心の余裕は、自身が幸福を求めようとする欲求に繋がる。
それこそが、心の余裕であり、平和であるのだ。
暫くして。
やっと決まった様だった。
グリリアやリカルとそれについて色々と話した後、その九人は足早に、自分の家へと入っていった。
歓喜の声が、家の中からダダ漏れている。
それを聞いて、エルダは思わず口角を緩めた。
不意にリカルの顔を見ると、リカルも、口角を上げていた。
「あっ…………」
思わずエルダは、そう口にした。
なんだかんだ、リカルが心から自然と笑っているところを見たのは初めてである。
エルダは、リカルの人間味を感じた。
グリリアが九人を見送った後、スキップをしながら戻ってきた。
嬉しいため息が漏れている。
あまりにもぎこちないスキップに、思わずエルダは吹いてしまった。
だがグリリアはそれに気付かず、このグリリア家危機から解放された事実に歓喜していた。
グリリアがスキップをしながら、エルダ達の下までやってきた。
グリリアも大して若く無いので、息切れが激しい。
…………そんなになるのなら、やめといたら良かったのに
エルダは内心そう思った。
グリリアは、そのままリカルの正面に立ち、頭を深々と下げた。
「リカル様。ほんっっっとうに、ありがとうございました。」
そう言いながらグリリアは、もっと頭を深く下げた。
息切れをする度に、背中が膨らんだり縮んだりする。
本当に感謝されているのだと、この場の誰もが感じた。
だが、出て行ってくれたという事に歓喜しているので、少し素直に喜べないエルダだった。
その後、暫く色々な世間話をした。
主には、カルロスト地区のこれからについて。
グリリアも、そこは気にしていた。
これだけ馴染んではいるが、グリリアは帝国人だ。
帝国人規制が強化された今、より白い目で見られる様になるのでは無いかと、グリリアは危惧していた。
だがマグダは、それに対して。
「いえ。規制が強化されたということは、カルロスト地区内にいる帝国人は、信頼たる人間である、という事です。逆に周りの人達に信頼されるよ思いますよ。」
それを聞いたグリリアは、ありがとうございます、とだけ述べた。
その顔には、安堵の笑みが溢れていた。
それからまた暫くして。
マグダとサラナは、仕事があるからと王宮跡へと向かい去って行った。
残ったのは、グリリア、エルダ、リカル、フィリミの四人だった。
マグダは達が家に隠れて見えなくなった頃、グリリアは、深呼吸をした。
「エルダ…………」
何か決意したときの様に。
「少し前に、『テロスウイルス』って名前を出したの、覚えているか?」
グリリアが、不自然に顔を俯けながら続けた。
「ほら。ミロルちゃんがかかっていた病気さ。」
それを聞いてエルダは、思い出した様な仕草をした。
「あの病気について、あまりよく話していなかったと思って。それと、お願いと。」
あまり上手く内容が纏っていないのか、時々言葉に詰まりながら、グリリアは話す。
エルダは、何故今その話を始めたのか疑問に思ったが、それを口にはしなかった。
「テロスウイルスっていうのは、オームル王国のみに蔓延しているウイルスでね。致死率が高く、おまけに感染力が高い。
そのせいで今、あの国の王政府は、オームル王国の大陸部から、ガルム諸島へと身を移し、富裕層の人間も、感染を恐れてガルム諸島へ逃げた。なので、あの 他国からの干渉を防ぐ高い壁の向こうでは、ガルム諸島へ逃げられなかった人が、今も尚、感染し、苦しみ、死んでいる。」
グリリアは、肩を落としながらそう言った。
「…………それなら何故、ミロルはそんな病気に罹ったんだ?」
エルダが、そう訊いた。
それに対しグリリアは、少し考える様な仕草をした後、答えた。
「それは私も常々考えていたんだが…………どうにも。さっき言ったあの壁が、ウイルスが他国へ蔓延するのを防いでいたから、テロスウイルスの感染者が、アルゾナ王国やサルラス帝国で出る筈が無い。なのに、ミロルちゃんはそれに罹った。
しかも、オームル王国からも離れている、このカルロスト地区で。」
二人ともまた、頭を抱えた。
「それで…………何故今そんな話を?」
エルダは、先程の疑問を口にした。
我慢しきれなかった。
「ああ、すまん。これだけじゃぁ何でこんな話をしているのかが解らんな。
問題は、そのウイルスの出所なんだ。」
「出所…………?」
「あぁ。」
グリリアは一呼吸置き、その上で深呼吸もした後、こう語った。
「テロスウイルスは、オームル王国大陸部の領土侵略を目的として、サルラス帝国が作ったウイルスなのだ。」