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ファンタジー

すべてはこの日のために

作者: めみあ


「お前いつか女に刺されるぜ」

 

 耳タコ耳タコ。 

  

 泣かせた女は数知れず。

 三股四股あたりまえ。

 修羅場なんて日常茶飯事。


 “いつか女に刺されるぜ”

 そんな最期も俺らしい。

 

 

 なんてな。

 

 やっぱり何事もやられなきゃわかんねえな。

 本当に刺された時、刺してきた女の髪を思いきり引っ張っちまった。女に手を上げないことだけが唯一の取り柄だったのに。


 そんな最期も俺らしい?? んなわけねぇ! 死にたくねぇー! 痛えーー!! 誰か助けてくれーー!! かあちゃーーん!! ……!



 ……やべ、一瞬落ちた……つーか、痛みがない…?……あ、もしかして……死ぬのか…俺。


 ……くっそ……しかも刺した女…逃げやがった……そもそもあの女誰だよ………あー、ムカつくわーー……


 

 というのがイケメンモテ男、守谷太一29歳の最期。

 


 

 

 ではなかった。


 なんだかわからない存在から

 俺の魂は腐っているから引き取り不可と言われ。


 このままでは使い物にならないから、魂の再生をしながら最終的にはクリアを目指してほしいと、これまたわからない指示を受け。


 記憶を持ったまま転生をした。


 神のゲームとやらに。


 タイトルは『すべてはこの日のために』だってさ。なんだそれ。


 

 

 ***

 


「ぐすっ…ぐすっ…」

「ほら、アモン様、鼻を拭いて」


 侍女のアンナに差し出されたハンカチを受け取った俺は、涙と鼻水を乱暴に拭う。


「グスッ……ありがとう……」 

「長く泣かれていると目が腫れてしまいますから、お顔を洗われた方がよろしいですよ」

「お前はいつも優しいな……」

 ズズっと鼻をすすってアンナに笑いかければ、彼女も笑みを返してくれた。


 俺に笑いかける女はアンナだけだ。他の者からは蔑みや嘲りしか向けられない。



 ようやく落ち着いたところに、突然ノックもなく扉が開いた。見知った顔がズカズカ入ってくる。

 

「アンナ、探したのよ! こんなとこで何やってるの。いつまでも泣き虫アモンに構ってないで行くわよ」 

 異母妹のララだ。迫力美人で性格が悪い。チラッと俺を見て顔をしかめる。 

「ララ様、そのような物言いは……」

「アンナは優しいわね。こいつに優しくしてもなんの得もないわよ」


 

「……うぅ……うわああぁぁんっっ!」  

 

 泣くな泣くなと歯を食いしばっていたけど我慢の限界。

 止まりかけていた涙が、再び堰を切ったようにあとからあとから溢れ出てきた。


 

「な、なんなの! そんな泣くほどのこと言ってないけど? 本当に泣き方が気持ち悪い! アンナッ! 行くわよ!」

「は、はい……」



 ララとアンナに置いてかれ、一人になってもワンワン声をあげて泣き続ける俺。


 

 ――胸が痛えっ!! 


 俺には暴言や中傷の耐性がない。ゼロ。些細な言葉で傷つく仕様だ。


 涙の数だけ強くなるみたいな歌があったけど、俺の場合は泣けば泣くほど腐っていた魂が再生するらしい。


 

 泣き続けて18年。些細なことですぐに泣くから泣き虫アモン、軟弱アモンと言われ続けて18年。アモン王子に嫁ぐくらいなら平民に嫁いだ方がマシと令嬢たちに影で言われていることも知っている。

 

 屈辱の日々。


 それもこれも神の道楽ゲーム『すべてはこの日のために』のクリアのためだ。

 

 このゲーム、何度もプレイヤー(神?)を変えては遊ばれているものらしい。腐った魂を再生させるゲームだってさ。何が面白いのやら。


 育成ゲームに近い感じなのか?

 今回の主役はアモン。


 アモンを泣かさないと魂がまた腐る。だから毎日最低でも一回は暴言や中傷で涙を流させる。やりすぎてもダメらしい。確かに肉体的に痛い目にあったことはない。


「アモン様」

 扉をノックと同時に名を呼ばれた。侍従のレイフの声。

「わかってる。準備が出来次第行くから」

「承知いたしました」

 

 あっさりと去っていく侍従。レイフとの付き合いは10年以上。俺の扱いも慣れたものだ。


「さてと」

 涙もようやく引っ込んだ。

 鏡を見ながら身だしなみをととのえる。


 ――泣き顔でなければそこそこのルックスなんだけどな。すぐ泣くくらいで見切りつけるとかこっちの女は見る目がねぇ。

 まぁ、第5王子といっても元使用人の息子。王位継承権も放棄しているとくれば、眼中になくて当たり前か。

 

 前髪が少し目にかかっていたので指で横に流しながら、鏡にうつる穏やかな印象の瞳をジッと見る。


 ――すべてはこの日のために、か。


 ゲームというが俺はここで18年生きている。意思と違う行動をすることがあっても、太一の頃より楽しいくらいだ。

 なにより、人を傷つける言動が何かを身をもって知った。

 

 

 太一の頃は人の心を傷つけるどころか殺していたのだろう。そりゃ魂も腐る。


「行くか」

 パンッと頬を叩き気合をいれた。

 

 

 今日が“この日”だ。


 シナリオは聞いている。



 このクソゲーム、最後のイベントが第一王子の誕生パーティーでの断罪騒動。もちろん俺のじゃない。

 第一王子がゆるふわ令嬢にたぶらかされて婚約者をないがしろにし、婚約者は嫉妬からゆるふわ令嬢にきつく当たっていたところに毒殺未遂騒ぎ。


 ゆるふわ令嬢が毒入りワインを口にする直前に婚約者がグラスをとりあげて事なきを得たが、一部始終を見ていた王子が激怒した。



 彼女の処遇はどうするかというところで、俺の出番らしい。

 

 処遇は4択、まれに選択肢にない結果もあるという。


 1、修道院送り

 

 2、娼館送り

 

 3、強制労働所送り


 4、死罪


 まれに平民堕ちで済むこともある。


 

 そして、この処遇のどれになるかは、俺がどれだけ涙の数だけ強くなったかに懸かっている。



 俺はこの日のために泣き続け、あるスキルを鍛えてきた。それが『良心を攻撃するスキル』だ。

 このスキルで第一王子の良心に攻撃を与え、罪悪感を覚えさせて罪を軽くできればクリアらしい。


 ――これ考えた奴バカだろ。




「誤解です! ワインに毒が入っていることは人に聞いたのです! わたくしではありません! 信じてくださいませ!!」

「ソフィー……わたしは悲しいよ。毒が盛られたと侍女から聞いたなどと嘘までつくとは」

 ソフィーと呼ばれた兄の婚約者は、膝をつき兄に縋っていた。

「マルル様……わたくしは無事だったのですからどうかソフィ様の命ばかりは…!」

 ゆるふわ令嬢は涙を流して兄の手を握る。


 ――おいおい、第一王子は命をとるとらないの話はしてねぇぞ。


「そうだ。エマリアは毒で死ぬかもしれなかったのだ!」

 兄は婚約者が縋る手をはねのけた。ゆるふわが一瞬口の端をあげる。


 ――ほら見ろ! くっそ、誰も見てなかったのかよ! あんなん自作自演に決まってるだろうが! くそくそっ! スキルはいつ使うんだよ!! ていうか王は? 誰か止めないのかよ!



 周囲を見渡せば王の姿はなく、王のお気に入りの側室も見当たらない。きっとどこかでしけこんでいるのだろう。


 王の命令がないからか、騎士たちも動かない。いや、これがゲームの設定なのか。王子に断罪させるための舞台が揃ったわけだ。


 

「ソフィー……君には失望した。」


 

 静かな第一王子の声。

 会場は静まりかえっている。


 違うのです、違うのです、と小さく繰り返すソフィーの声だけが響く。

 

 

 と、急に手のひらが熱を持ち始めた。


 ――あ、これか!? 相手に手のひらを向けて念じるだけでいいって言ってたな



「ソフィー、未遂で済んだからといって許すわけにはいかないのだ。嫉妬で人を殺めようとするなど言語道断」


 ――今か? 今だよな? 今しかないよな?


 俺は第一王子に手のひらを向け、『良心痛め!』と念じてみる。


 手のひらから何か出ると思ったがそういうものではなく、突然王子が金色に光りだした。誰も反応しないところをみると、俺にしか見えないようだ。

 王子は言葉を止め、痛ましい表情で婚約者を見ている。

  

 ――効いたか!?



 王子が決意のこもった表情にかわった。どれを選んだ?

 


「よって死をもって償うがよい!」


 

 ―――はあぁぁぁっ? 全然効かないとか、18年間泣いた意味ねえ!!

 


 泣き崩れる婚約者。

 騎士たちがようやく動き彼女を拘束する。


 目を閉じる王子に、寄り添うゆるふわ。

 



 

「おい、それはないだろう」

 彼らには聞こえないだろうが言わずにはいられない。

「アモン様、どうされたのですか!?」 

 いつのまにか侍女のアンナがそばにいて、俺の顔を見て目を丸くした。

「どうしたってなにが」

「なにって……泣いておられます」


「泣いてる?」

 指で目尻に触れると確かに涙だった。 


「どなたかに何かを言われたのですか?」 

 アンナがハンカチを差し出す。


 ――俺は何も言われていない。あまりにもあの婚約者が哀れだったから……


  

 

 そう思った直後、突然の暗転。

 驚きのあまり声がでず、周囲を見回したところで目の前に文字があらわれた。


《人のために泣くことができるようになった太一。魂の再生は成功した》


 ――なんだ? 成功って?

 

《太一は神の温情により刺される前に戻りそれからは幸せに暮らした》


 暗闇に映画のエンドロールのように太一の人生の映像が映し出される。

 産まれて成長し女に囲まれ孕ませた女と結婚し子どもが産まれ子煩悩な父親になり慎ましくも平和な人生だ。


 

 ――いやいやいやいや、戻るってなんだよ。あれを放っておくのか? 


 

 映像が終わり、

 

 目の前に《コンティニュー》の文字が浮かぶ。


 続いて




 ▶︎刺される前の太一の続き


  アモンの続き


 

  

 と、選択肢がでた。カーソルは点滅している。俺が決められるのか、プレイヤーが決めるのか。


 しばらく眺めていたが動きがない。目の前に手をのばし、カーソルに触れると《決定》の文字が下にあらわれる。俺が決められるらしい。


 

 ▶︎幸せが保証された人生


  どうなるかわからない人生



 ってことだよな。

 しかもアモンを続けたってゲームなんだから誰もやらなきゃ終わる。きっと俺がいなくなっても、また違う魂ではじまるものだ。

 

 そもそも俺がいなくなればゲームが終わるから断罪も行使されないんじゃないか? なら迷う必要はない。


 もう一度、太一のカーソルに手を伸ばしたところで、アンナの笑顔が脳裏によぎった。そこに重なるある女の笑顔。


 

 ――くそっ! なんで気づいちゃったんだよ、おれは!! 

 

 

 カーソルに触れ《決定》を選んだ。

 

 


 


 

「よって死をもって償うがよい!」

 

 時が少し戻ったようだ。

 そして、俺の手に再び熱が集まっている。


 ――もう一発いけるのか? 


 

 俺は手のひらを向け『良心痛め!』と念ずる。先ほどと同じ金色の光。





「ソフィー様は無実です!」

 突然叫ぶ女。

「……エマリア、もういい」

「いいえ、よくありません! 全てはわたくしが仕組んだことなのです!」

「エマ、何を言い出すのだ」

「マルル様のお気持ちもわたくしの魅了の術によるもの」

「エマ?」

「王妃になりたかったばかりに――」

 

 ゆるふわ令嬢が申し訳ございませんと泣き崩れた。


 


 ――効いた!! 


 俺は震える右手を左手でおさえる。

 スキルを咄嗟にゆるふわに向けただけなのだが大成功のようだ。効きすぎなような気もするが。


 第一王子にかかっていた魅了とやらも解けたらしい。婚約者と手を取り合って涙している。


 ――あのエンディングはフェイクだったんだな……俺がこいつらを見放していたら魂の再生とやらが失敗だったのだろう。


 

「アモン様? 泣いておられるのですか?」 

 心配そうに覗きこむアンナ。


「これは……いいんだ……」

 安心したら泣けてきただけだ。

「誤解が解けてよかったですね」

 アンナも2人に視線を移し微笑む。その顔は、自分が残るを選択したもう一つの理由だ。


「忘れててごめん」

 俺はその横顔に謝る。

「なんのことですか?」

 アンナが不思議そうにこちらを見た。

「君は……高校時代に、俺に告白してくれた子だよな?」

 アンナが手にしていたハンカチを床に落とした。


「自分の顔を見て言えよ、って俺は言った」

 

 その時に無理に作った笑顔。

 俺を刺した時の泣きそうな顔。


 あの時、アンナの顔に重なってみえた。


「よく、覚えていましたね」 

 

 

 彼女は訥々と話しはじめた。

 太一を刺したあと、自分も後を追ったこと。自ら命を絶ったものは受け入れられないとここにきたこと。


 彼女の試練は長年憎しみを抱いていた相手に笑顔を向け続けることだった。

 


 すべてはこの日のために。


 彼女は太一の魂を再生させるだけのために存在していた。彼女にとっては償いの18年だ。


 

「君の人生を壊してしまって申し訳なかった。太一の時も、アモンの時も」

 俺が頭をさげると、彼女は慌てて「謝るのは私の方です!」と彼女も頭をさげた。


 


 落ち着いた頃に、「刺された時に髪引っ張ってゴメンな」と言ったら彼女は今まで見たことのない笑顔で笑った。

 残ってよかったと改めて思えた。


 

 

 俺はゲームに残ることを選択したからもちろんスキルはなくなって、再生した魂も新しい生命としてどこかで誕生したそうだ。

 俺はNPCとして生きていく。






 アンナも、生まれ変わるチャンスを得たらしいが、彼女もここに残る選択をした。


 あいかわらず俺たちは主従の関係だ。


 俺は泣かなくなって

 彼女は無理に笑わなくなった。

 でも前より距離が縮まっていると思うのは俺の願望だけではないよな?


 断罪ゲームをクリアしたのは俺が初めてだったらしい。今は新たに婚約破棄ゲームなるものが始まっているようだ。

 

 俺たちは、傍観者として楽しませてもらうことにしよう。

 

 

 






 

 

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