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ココロのトバリ  作者: サザンク
第4話 夢見る魔法少女

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◇25

◇25


 熱が、流れ落ちている。

 新鮮な赤が掌から肘、肘から足元へ。

 滴るたび、床を打つ小さな音がした。

「――――」

 ほんの少し切る程度に留めるつもりだったのに、覚悟が昂って強く刃を握ってしまった。そのせいで、想定以上に出血している。困ったなこれ、ちょっとくらっときそうなんですけど。

 痛みだって尋常じゃない。掌は皮膚の受容器が高い密度で集まっているため、刺激を細かく感じ取りやすいと聞いたことがある。切るなら腕の方にするべきだった……。

「十代の女の子には多いらしいけどね」葵さんがため息交じりに言う。「やめた方がいいよ、色んな意味で痛々しくて見てられない」

「……そういうのじゃないです。誤解しないでください」

 リストカットっていうんだっけ?

 わたしだって、治りもしないのにわざと自分を傷つける行為は、正気じゃないと思う。

「誤解かな。大方、アンプルが切れたから、新しく血を用意しようって腹積もりだろう? そういう手法で解決しようとする幼さが、痛いって言ってるんだ」

「……なんとでも」言うがいい。

 使える手は最大限使う。

 葵さんがわたしの知らない技を使うなら、わたしだって葵さんにできないことをする。それだけだ。

 ――深く、息を吐く。

 掌の傷は既に塞がっているのに、呼吸の度に視界の端がチカチカと鳴る、心臓の鼓動がやけに激しく聞こえる。

 筺花の顔が浮かんだ。もしかしてこの症状は、あの子なりの抗議かもしれない……なんてことを考える。最初から今まで、わたしは助けられてばかりだ、もしもまた夢の中で会えたら、今度はもっとしっかり謝らないと。

「〈紡げ〉」

 わたしの言葉に呼応して、血が震え、空中で形を成していく。刃や茨にできるほど、出血は多くない。故にわたしが選んだのは〝糸〟だった。髪の毛のような細さのそれを、葵さんを取り囲むように張り巡らせる。

「なるほど、趣向を変えてきたね。さしずめ蜘蛛の糸にかかったようだ」

 葵さんは周囲を一瞥した後、右手の指で銃を作る。

「だとしても、量は先ほどのアンプルと比べるまでもないね。――〈だん〉」

 〈梅〉の能力、不可視の弾丸。

 わたしにではなく、葵さんは、自身に迫る血の糸に向かって発砲した。〝思い込み〟によって、わたし自身が受ける痛みはカットできても、葵さんが放つ弾丸の威力そのものが弱くなったわけじゃない。

 故に細く薄い血の糸は、一撃で霧散――

「これは……」

 ――しなかった。

 崩れるどころか、貫通すらしない血の壁。

「っ、〈九禍――」間髪入れず、さらに技を重ねようとする……が、一手遅い。

 葵さんの左腕と左足に、糸状の血が蛇のように絡みつく。左半身を締め上げられた彼女は、小さく呻いた。

「〈十一禍 柳〉……!」唱えてすぐに、彼女の表情に〝焦燥〟が現れる。回避の技を使っているにも関わらず、依然として血が離れないからだ。

 葵さんは思い違いをしていた。

 たしかに、今使用している血の量はアンプル一本分にすら及ばない。だが、花の巫女の血の強度は、必ずしも量で決まるわけじゃない。

 身体から離れ保存された血と、さっきまで心臓を通っていた〝新鮮な血〟とでは、その強度も効力も段違いだ。

 どうやら、織草の技よりも、直接わたしから流れた血の方が、性能は上らしい。

 身を削る賭けだったが、功を奏したようだ。

「どこへ――」

 葵さんは視線を走らせる。

 網目状に張り巡らされた赤壁。

 その隙間から覗けるのは、砕かれたコンクリートの地面だけだった。

「――上かっ!」

「時間切れ、です」

 血の結界を蜘蛛の糸に喩えたのは正確、ならば蜘蛛であるわたしがどこにいるのか、もっと早く葵さんは気づけたはずだった。

 わたしは球体状に張った糸に〝立ち〟、既に葵さんを見下ろしていた。葵さんがわたしの位置を察した時には既に、彼女の身体目掛けて、剣を携えて突っ込む。

 葵さんの身体は縛られている。

 このまま剣鉈の峰で肩を砕き、彼女を戦闘不能にする――できる。

 これで、決着――「まだ、だ……!」

「なっ……!」

 残った右半身を思いきり捻り、わたしを真正面に捉える葵さん。

 完全な無防備。

 わざわざ斬られやすいように、姿勢を変えただけだ。

 高速で接近する二人の距離はほぼゼロ、ここから新しく技を使う余裕はない。

「づ……!」

 葵さんは技を使わなかった。

 彼女の目の前に迫る剣、それを彼女は思いきり右腕を振り〝叩いて〟位置をずらした。わたしの身体は、剣の重さに引っ張られるように宙を舞い、不格好に着地する。

「ぁ……」

 噴き出す血が見えた。

 わたしのじゃない。

 葵さんの血だ。

 剣をずらしたまでは良かったが、その結果わたしの攻撃の軌道は想定を逸脱した。剣先は葵さんの右鎖骨から左鎖骨までをなぞり、その皮膚と骨の表面を切り裂いた。遅れて、赤黒く濡れた服の一部が、はらりと落ちた。

「ああ、くそ、痛ったいね……これは、流石に……」

 葵さんは胸を押さえて、不規則に息を吐いた。

「切り傷なんて、いつぶりだろう……」

「ば……バカなんですか!? わざと、斬られるなんて……大人しくしてれば、骨折くらいで済んだのに」

「帷ちゃんには……言われたくないな。そもそも骨折だって……一般的には重症だよ」

「なんの意味があってこんなことを……、わたしみたいに、治るわけじゃないのに」

「意味はあるさ……君が動揺してくれたおかげで、拘束が緩んだ」

「――!」

「〈奏草・三禍 桜 解〉」糸に集中しようとした瞬間に、新たな技が発動されようとする。

 まだ反撃するつもりなのか。

 わたしを油断させるためだけに、自分の身体を傷つけるなんて……さっきまでの苦言は、どの口が言ってるんだって話だ。

「〈縛れ〉!」血の糸に、葵さんを捕らえるよう命じる。今度は全身を縛って、完全に身動きを取れなくするしかない。

 葵さんを赤が覆った瞬間。

 彼女の姿が……〝消えた〟。

 否……〝隠れた〟あるいは〝置き換わった〟というべきかもしれない。

「いつの間に〝街路樹〟が……!?」

 血の糸が巻き付いたのは、葵さんではなく、駅前に等間隔で植えられている街路樹。大人二人分程度の高さに整備されたそれの〝幹〟だった。

 もちろん、たった今生えたわけじゃない。駅周辺の景観のために、これは元々植えられていたもの……わたしはその存在に、この瞬間まで〝気がつかなかった〟のだ。おそらく、刀の存在を隠していた技と同じものだ。それを葵さんは〝解除〟し、身代わりにした。

 使っていた血のほとんどが固まる。幹に張り付いた方は使えなくなった。

 それでもまだ、剣がある。

「たかが一度防いだくらいで――」「――いや、ここの〝枝〟に触りたかったんだ」

 街路樹の枝を掴み、そこを軸にして反転、そのままわたしの方へ向かってくる。負傷を感じさせない身軽さだ。

 高く伸びたつま先、膝、太ももの裏が目に映る。

 踵落としだ、と判断して、剣鉈の面を盾として構えた。

 しかし――

 

 「〈強度交換〉――〈剣鉈と枝〉!」

 

 パキ、と。

 持っていた剣鉈から、鋼から出たとは思えないほど、軽い音がした。

 たとえば割りばしを外すような、そんな――乾いた音。

「! ……っ!」

 これは……〝知っている〟はずだった。

 織草家の技――奏草・花禍十二綴じゃない。

 織草葵が有する、固有の心術。

 物体の状態を入れ替える能力だ。

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