◇24
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「……っ!」
手刀が速い。
蹴りが重い。
武器と素手、大きなアドバンテージ差があるにもかかわらず、葵さんはお構いなしに攻めてくる。
速度も威力も、刀を持っていた頃と遜色ない。なんなら無手になった分、リーチが短くなっただけとすら思ってしまう。
――それでも……さっきよりは〝動ける〟。
〈松〉――葵さんが唱えたのは、おそらく身体強化の心術だ。刀を持っていた時は翻弄され、防戦一方を強いられたが、〝心術〟であることを念頭に置いてからは、少しずつ〝見えてきた〟。あっちが膂力の向上をイメージしているのなら、こっちはそれについていける自分を強くイメージすれば良いのだ。視線の先、肩の動き、足の運び……完璧な順応とはいかないまでも、戦いの中でそれらが把握できるようになっていた。
何度目かの回し蹴り、半歩身を引いた。靴底が地面を削る音、風が鼻先を掠めた。直撃してたらと考えるとゾッとする。次に飛んできた正拳は、空中に漂う血を束ねてガードした。
「〈藤〉」
「……!」踏み込もうとした足が止まった。縄が絡まって、縛られたような感覚。別の心術だ、と咄嗟に判断し、細長いそれらが緩んだかのように振舞う。途端、すぐに解放された。前のめりの体勢で、剣を振る。
「〈柳〉」
剣は躱された。当たってもおかしくない距離と速度だったのに、そういった一切が〝誤魔化された〟。
回避の術もあるのか。
直後、葵さんの人差し指がわたしに向けられる。
「やっば――」
「〈梅〉」
銃弾はギリギリで防いだ。
仕組みがわかっているおかげで、大した衝撃ではない。
「〈菊〉」
「〈防げ〉っ!」
発生した隙を狙って連続でやってくる手刀、掌底、裏拳。即座に血をぶつけて相殺する。打撃の勢いだけで、わたしの血は彼女の手にこびりつくことすらなく霧散した。
操れるほどの血はもう残っていない。
アンプルはすべて開封済み。
「…………」
構えは崩さない。
目は逸らさない。
余裕のなさを、悟らせるわけにはいかない。
「さっきといい今といい、驚いたよ」葵さんが口を開いた。「化心との戦闘で積み重ねがあるとはいえ、短時間でここまで心術に〝慣れる〟とはね……流石だ」
相変わらずの上から目線。
皮肉の一つでも返したいところだけども、疲労のせいか、何か言おうとしただけで、焦げた金属が喉を通る不快感が募った。
「アンプルは尽きたか。あとは剣鉈の方をどうにかしなきゃなんだけど……そうだ、私の刀を返してもらうってのはどうかな? ここはフェアに、チャンバラで決着をつけるってことで」
刀を指して葵さんが言う。刀身はわたしの血で赤黒く染まり、依然突き立ったままだ。
「返しませんよ」息が整ってきた。「素手でも十分に戦えているんですから……我慢してください」
「これはこれで結構危ないんだけどな」
「だったら諦めてくれませんか、怪我しないうちに」
「言ってくれるね。そのセリフ、そっくりお返しするよ」
葵さんの力の底はまだ見えない。
対して、わたしの〝手〟はどんどん削られる。
戦えば戦うほど、状況は悪くなっている。
ここから謎の力が覚醒して圧倒する、なんてビジョンは見えない。
「…………」
でも、それがなんだっていうんだ。
……わたしは弱い。
葵さんより……だけじゃない。事実として、わたしはまだ、戦い方も、力の使い方も、まだまだ未熟だ。
振り返れば、楽に勝てたのなんて、指折り数えるほどしかなかった。いつだって死にかけながら、がむしゃらに戦っていた。筺花がいなければとっくに死んでたし、なんなら勝った戦いだって、〝最後に立っていただけ〟のものもたくさんある。完全な勝ちではなく、ただ〝負けない〟……それが織草帷のスタイルだ。
……でも、今はこれでいい。
今この瞬間は、高望みしない。
わたしが葵さんより優れたものを持っているとしたら……それはきっと、〝人よりも命をかけられる〟ことだ。普通の人間が自らにかけるセーフティラインを超えて、わたしは無茶ができる……〝治る〟から。
――『イカレ女が!』
かつて、負傷を無視して向かってくるわたしを、空骸黑はそんな言葉で謗った。
なるほど、彼女の誹謗は間違っていない。
その通りだ。
その通りだからこそ、押し通してやる。
難しい話じゃない。
武器がないのなら、武器を用意するだけのこと。
即ちアンプルの血が尽きたのなら……血を〝用意〟すればいいのだ。
「……そんな子に育てた覚えはないんだけどな」
葵さんが眉を顰める。
彼女の目は……〝刃を握った〟左手に向けられていた。




