◇22
◇22
「――〈研げ〉、〈磨け〉、〈尖れ〉」
血がわたしの声に呼応して動く。
鋭さを増し、細く伸び、やがて棘のように尖っていく。
身体の周囲を巡る赤は、荊の壁であり、檻でもあり、前へ押し出す刃でもあった。
「…………」
葵さんはその様子をじっと見ている。
観察している。
表情に、見てわかるほどの違いは見られない。それでも、わたしの――筺花の血を見たその瞬間、強く睨まれたような緊張を、確かに感じた。
わたし自身は織草じゃないし、その自覚もない。
だとしても、わたしが今から振るうのは、紛れもなく〝初代織草〟の力……その源流の一端。
一歩踏み出すと、血の荊がわたしに追従する。
これを見た葵さんが何を思っているのか、それはわからない。
脅威か、警戒か、それとも初代織草の力を向けられることに対する義憤めいたものか……彼女自身、家に対するプライドが高いとは思えないが、何も感じないということは流石にないだろう。
関係ない。
そう思わなければ。
もとよりこれは〝織草〟の戦いではないのだから。
単に〝帷〟と〝葵〟の戦いというだけなのだから。
「〈戦え〉」
斬れ、でも、叩け、でもない。
初めて下す命令だった。
言った後、思いきり駆ける。血が形を保ったまま、わたしを上回る速度で走る。
「——!」
まず迫る血の刃が三つ。
葵さんはそれらを一つずつ叩き落してから、続けて迫るわたしの攻撃を受け止め——ず、一度打ち合ってからすぐに離脱する。直後、先ほどまで葵さんがいた地面に、血の棘が突き刺さった。
葵さんの背後に忍ばせておいた血をすぐに動かすが、それも読まれていたらしく、ほとんどは回避され、残りも刀で迎撃された。
死角に罠を張る策は失敗。
だったら正攻法だ。
地面にまだ染み込んでいない血をかき集め、伴って接近する。
剣の構え方や振り方といった基礎は葵さんから教わった。化心と戦う中で身につけた技術もあるが、それでもほとんどは彼女の受け売りだ。
何かしらの流派に類するものかはわからない。一つ確かなのは、彼女の教えが元になっている以上、わたしの動きは彼女の想定内だということだ。
今更付け焼き刃で戦い方を変えることはできない。
だとしても、やりようはある。
わたしならば。
「……それは、キツイな」
葵さんが口角を上げる。
笑っている。
余裕なのか、強がりか。
どちらであっても、やることは変わらない。
「らぁっ!」
重力の乗った重い一撃は、当然躱される。
続けざまの斬りあげも、無論届かない。
構わない、元より〝わたしの剣鉈〟は本命じゃない。
「……」
葵さんは無言だった。
目は口ほどにものを言うとは、なるほどたしかにその通りだと思う。
口を噤んだままであっても、激しい眼球の動きで、策が功を奏しているのがわかった。
いや、これは策というほど高尚なものではないが。
なんてことはない。
単に……襲い掛かる〝刃の本数〟を増やしているだけだ。
質よりも量。
一撃よりも連撃。
四方八方から、刃の形に押し固められた血の塊が、葵さんに降りかかる。それぞれに割り当てられた血の量からして、当たっても大したダメージにはならないが、だとしても一対一の戦いが、まるで一対多数になったかのようなプレッシャーを与えることができる。
一時の方向と九時の方向、後方から六時の方向と十一時の方向、そして正面から向かってくるわたしの剣鉈。
不可能だ。
同時にやってくるこれらを対処するのは。
たとえ剣鉈を受けても、残りの血が確実に葵さんの動きを——
「『止めるはずだ』……かい?」
「!?」
数頼みの戦術。
一本で倒せないなら、何本も重ねればいい。
単純な思考は、間違いではない。
そのはずだった。
それでも、葵さんはその有効打を乗り越えた。
さらに単純なやり方で。
即ち——〝それらよりも速く動いて弾いた〟のだ。
血の刃を。
すべて。
「……」嘘でしょう? と言いたいのを堪えて、ただ睨むしかない。
わたしの剣鉈だけは回避していたが、それ以外はすべて彼女の刀に当たり、崩れていた。そのせいで、刀には切先から鍔に至るまで、鮮血がこびりついていた——見た目だけなら、何人も斬り殺した後のようにも、思えた。
凄まじい反応速度と対応速度。
心術による強化とやらだけで、果たしてここまでのことができるものなのか。
「数頼みは悪くないけど、実力差の見通しが甘かったようだね」
葵さんが血塗れの刀を向けて言う。
たしかに、ここまで捌けるのは想定外だった。
その点は認めざるを得ない。
……ただし。
「そうみたいですね。なのでせめて……〝得物〟は貰っておきます」
「何だって?」
「〈抑えろ〉」
命令を聞いてすぐ気づいたようだが、一手遅い。
わたしの血がついた刀は、実質的にわたしが支配しているようなものだ。
葵さんが咄嗟に血振りをする前に、刀は葵さんの手を滑り落ちて勢いよく落下した。刀はそのままコンクリートの地面に突き刺さり、滴る血は固まって根のように張り付いて、刀と地面を固定した。こうなれば、いくら葵さんの力でも引き抜くことは容易じゃない。
そうして、葵さんが刀を放棄するまでの間に、隙ができていた。
「しまっ——」
剣鉈の背——峰の部分が、彼女の左腰に触れている。
斬りはしない、それは本意ではない。痛みで彼女の戦意を削げれば、それで十分だ。
体勢を大きく崩した葵さんは、それでも咄嗟に腕を交差させて、防御の姿勢になる。
その腕に、力いっぱいの蹴りをいれて、仰け反らせた。
「ぐ——」
葵さんの呻き声。
初めて聞いた。
だが、まだだ。
強く剣鉈を握って、転んでいる彼女に迫る。
腕と足、取るのはどちらでもいい。骨折まで持ち込めれば、少なくともここから寧音と逃げるだけの時間は稼げる。
迷ってはいけない。出来る限りの速さで、彼女に近づく。
それなのに、見えているものがやけにゆっくりに見える。
逸る心のせいだろうか。
「〈奏草——」
わたしを見つめる葵さんの顔が見える。僅かに口が動いている気がするが、何を言っているのかは聞き取れない。
斬る——叩く直前になって、葵さんの右腕がこちらに向かって伸びているのがわかった。尚且つその右手は、握った状態から親指と人差し指のみを開いて、人差し指の先がわたしに向けられている。
言うなれば、銃を撃つジェスチャーのようでもあり——
「——〈だん〉」
寸前で、剣は届かなかった。
ただ、胸が焦げるような熱さを感じた。




