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ココロのトバリ  作者: サザンク
第4話 夢見る魔法少女

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◇21

◇21


 息を吐く。

 踏み込む。

 衝突する。

 火花が散る。

 離れる。

 数度、同じことが起きる。

 打ち合う度に、二つの刃の重みが掌を伝わり、身体中の骨が響き揺れる。

 自分から斬りかかっているのか、それとも受けているのか、わからなくなってきた。

 葵さんの踏み込む音が、少しずつ消えていく。

 剣の速度が上がる。

 速度に伴って、重みも増し始めた。

 一撃目は縦、二撃は横、三撃は突き。

 少しでも読みを誤れば、瞬く間にわたしの身体は両断される――――!

「っ!」

 わたしの左肩に向かって振り下ろされた一撃を、剣鉈の刃で受け止めようとした。

 日本刀よりも厚く幅広い剣は、咄嗟の盾としての役割も担うことができる。

 だが――剣鉈が刀を受け止める前に、葵さんがわたしの〝後方〟を狙うように反転した。

 反射的に身を捻る。刃が髪の端に入りこみ、頬に冷たい感触が走った。目の前の剣を叩き潰すつもりで、わたしも横一閃に腕を振る。一際大きな鋼の悲鳴がした後、お互いに距離が生まれた。

 遅れて、頬がちくりと熱くなる。刃が当たった部分から、血が流れたようだ。問題ない、掠っただけだし、わたしなら数秒で傷が塞がる。

 それでも、斬られたことは事実だ。

 無我夢中で戦うのは駄目だ。

 もっと集中しなければならない。

 多少の息切れはあるものの、体力の限界にはまだ遠い。まだまだわたしは戦える。

 問題は――

「化心は離れたね。結界がある以上、遠くへは行けないだろうけど」

 葵さんに言われてようやく、わたしは寧音がいなくなっていたことに気がついた。この期に及んでこの人には周囲を確認する余裕も、話しかける余裕もあるのか。

「君の疑問に答えてあげようか、帷ちゃん」苛つくくらいいつも通りの口調で葵さんが続ける。「私が君の動きについてこれるのを、不思議に思っているんだろう? 普段から鍛えているわけじゃないのにね」

「……そういう技があるんでしょう。膂力を強化しているのか、反応速度を上げているのか……。どちらかはわからないですけど」

「ご名答。まず相手の力を推察するのは、化心との戦いに限らず重要なことだ」

「……」

「そう睨まないでよ。一応私は君の師でもあるからね、色々教えるのにはいい機会だろう?」

「わたしは真剣なんですよ」

「〝だからこそ〟だ。大真面目で命懸け、文字通りの〝真剣〟勝負なんて、そう何度もできるもんじゃない。実践に勝る経験はないからね。君が成長するのにこの戦いはうってつけだと思っただけさ」

「ふざけないでください……!」

 勢いよく剣を振り下ろす。

 わたしの体重と、剣鉈の重量が合わさった一撃は、決して軽くはないはずだった。

 しかし葵さんは、最初からわかっていたように刀を斜めにしてそれを受け止め、刃を滑らせて受け流した。ガラ空きになったわたしの胴体に、彼女の拳がめり込む。内臓がひしゃげる感覚がした。

「実際はそこまでダメージが入っているわけじゃない、君が痛みを余計に認識しているだけだ。私自身の純粋な筋力はせいぜい……平均的な女の子よりちょっと上、程度のものだからね」鳩尾を庇うわたしに葵さんが言う。「痛みを増すのも、武器を認識させ辛くするのも、人払いの結界も、織草家が扱う〝心術〟……人の心に作用する術が為している技だ」

「心、術……」

「織草の心術は化心に対抗するために開発され、遥か昔から受け継がれてきたもの。名前は同じだが、奴らが使うものとは違う」

 言い終わるやいなや、葵さんの足が横に払われた。ひゅっと空気が裂ける音、回し蹴りだ。剣鉈を縦に構え、前腕に添えるようにして受ける。今度はしっかりと防御できた。

 わたしは身体を低くしながら駆け、葵さんの膝を狙って刃を滑らせた。しかし葵さんは後退するどころか、むしろ大きく跳んだため、一撃は空振りになった。

「考えすぎだよ」

 耳元でそう聞こえた気がした。いつの間に真横を取られている。自分の顎に刀の柄頭が迫っていた。ギリギリで躱し、今度は自分の肘を彼女の脇腹に叩き込んだ。

 まともな一撃、のはずだが手応えがない。

 これも葵さんが言う〝心術〟の賜物か。

 葵さんはそのままわたしの腕を掴み、その身体を自身に引き寄せた。刀の鋒が眼前に迫る、足裏で強く地面を蹴り、わざと転倒して回避した。続け様に降り注ぐ斬撃も、一つずつ打ち落としていく。

「結構しぶといね」

「それは……こっちの台詞です」

 体勢を立て直す。

 まだ戦える。

 葵さんがため息をついた。

「君もわかっているはずだ。これは単に、お互いの主義主張をぶつける類の戦いなんかじゃないってことを。間違っているのは君で、私は正しているに過ぎない。そうじゃないかい?」

「……葵さんの言う通りだと思います。でも、そうだとしても……何か……何か考えることができるはずです。化心を殺さずに済む方法とか、シンパシーを発生させない方法とか」

「無い。この千年の間、そんなものは発見されていない」

「だったら……! 寧音さんの化心を本体に還す、とか……」

「化心は人の心から漏れ出た膿だ。膿を傷口に戻す馬鹿がいるかよ」声の調子は依然として変わらないのに、どことなく呆れと怒りが滲み出ているようだった。「そんなこともできないしね」

「……」

「それに……たとえここで私を退けたとして、その後はどうなる? 次に君の前に現れるのは椛だ。あの子は私ほど甘くない、君も化心も、弁明の機会なんて与えられずに〝終わる〟よ」

 わかっている。

 既に決着がついている話なのだということは。

 最初からわたしが詰んでいることは。

 全部わかっていて……それでも無駄な足掻きを止めるわけにいかなかった。

 わたしよりも幼い少女が、犠牲になるのを見過ごすことが、どうしてもできなかった。

 ――自分が阻止できる立場にあるなら、尚更。

「――〈来い〉!」

 葵さんを見据えながら、わたしは叫んだ。

 しかしその声の対象は、彼女ではない。

 声を受けて、随分前に投げ捨てられたわたしの〝トートバッグ〟が、もぞもぞと動き始める。数秒でそこから大量の〝わたしの血〟が吹き出し、わたしの周囲を漂った。

「次は〝ご先祖様〟の力か」葵さんが呟く。「いいさ、とことん付き合ってやるとも」

 戦いは、まだ始まったばかりだ。

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