◇21
◇21
息を吐く。
踏み込む。
衝突する。
火花が散る。
離れる。
数度、同じことが起きる。
打ち合う度に、二つの刃の重みが掌を伝わり、身体中の骨が響き揺れる。
自分から斬りかかっているのか、それとも受けているのか、わからなくなってきた。
葵さんの踏み込む音が、少しずつ消えていく。
剣の速度が上がる。
速度に伴って、重みも増し始めた。
一撃目は縦、二撃は横、三撃は突き。
少しでも読みを誤れば、瞬く間にわたしの身体は両断される――――!
「っ!」
わたしの左肩に向かって振り下ろされた一撃を、剣鉈の刃で受け止めようとした。
日本刀よりも厚く幅広い剣は、咄嗟の盾としての役割も担うことができる。
だが――剣鉈が刀を受け止める前に、葵さんがわたしの〝後方〟を狙うように反転した。
反射的に身を捻る。刃が髪の端に入りこみ、頬に冷たい感触が走った。目の前の剣を叩き潰すつもりで、わたしも横一閃に腕を振る。一際大きな鋼の悲鳴がした後、お互いに距離が生まれた。
遅れて、頬がちくりと熱くなる。刃が当たった部分から、血が流れたようだ。問題ない、掠っただけだし、わたしなら数秒で傷が塞がる。
それでも、斬られたことは事実だ。
無我夢中で戦うのは駄目だ。
もっと集中しなければならない。
多少の息切れはあるものの、体力の限界にはまだ遠い。まだまだわたしは戦える。
問題は――
「化心は離れたね。結界がある以上、遠くへは行けないだろうけど」
葵さんに言われてようやく、わたしは寧音がいなくなっていたことに気がついた。この期に及んでこの人には周囲を確認する余裕も、話しかける余裕もあるのか。
「君の疑問に答えてあげようか、帷ちゃん」苛つくくらいいつも通りの口調で葵さんが続ける。「私が君の動きについてこれるのを、不思議に思っているんだろう? 普段から鍛えているわけじゃないのにね」
「……そういう技があるんでしょう。膂力を強化しているのか、反応速度を上げているのか……。どちらかはわからないですけど」
「ご名答。まず相手の力を推察するのは、化心との戦いに限らず重要なことだ」
「……」
「そう睨まないでよ。一応私は君の師でもあるからね、色々教えるのにはいい機会だろう?」
「わたしは真剣なんですよ」
「〝だからこそ〟だ。大真面目で命懸け、文字通りの〝真剣〟勝負なんて、そう何度もできるもんじゃない。実践に勝る経験はないからね。君が成長するのにこの戦いはうってつけだと思っただけさ」
「ふざけないでください……!」
勢いよく剣を振り下ろす。
わたしの体重と、剣鉈の重量が合わさった一撃は、決して軽くはないはずだった。
しかし葵さんは、最初からわかっていたように刀を斜めにしてそれを受け止め、刃を滑らせて受け流した。ガラ空きになったわたしの胴体に、彼女の拳がめり込む。内臓がひしゃげる感覚がした。
「実際はそこまでダメージが入っているわけじゃない、君が痛みを余計に認識しているだけだ。私自身の純粋な筋力はせいぜい……平均的な女の子よりちょっと上、程度のものだからね」鳩尾を庇うわたしに葵さんが言う。「痛みを増すのも、武器を認識させ辛くするのも、人払いの結界も、織草家が扱う〝心術〟……人の心に作用する術が為している技だ」
「心、術……」
「織草の心術は化心に対抗するために開発され、遥か昔から受け継がれてきたもの。名前は同じだが、奴らが使うものとは違う」
言い終わるやいなや、葵さんの足が横に払われた。ひゅっと空気が裂ける音、回し蹴りだ。剣鉈を縦に構え、前腕に添えるようにして受ける。今度はしっかりと防御できた。
わたしは身体を低くしながら駆け、葵さんの膝を狙って刃を滑らせた。しかし葵さんは後退するどころか、むしろ大きく跳んだため、一撃は空振りになった。
「考えすぎだよ」
耳元でそう聞こえた気がした。いつの間に真横を取られている。自分の顎に刀の柄頭が迫っていた。ギリギリで躱し、今度は自分の肘を彼女の脇腹に叩き込んだ。
まともな一撃、のはずだが手応えがない。
これも葵さんが言う〝心術〟の賜物か。
葵さんはそのままわたしの腕を掴み、その身体を自身に引き寄せた。刀の鋒が眼前に迫る、足裏で強く地面を蹴り、わざと転倒して回避した。続け様に降り注ぐ斬撃も、一つずつ打ち落としていく。
「結構しぶといね」
「それは……こっちの台詞です」
体勢を立て直す。
まだ戦える。
葵さんがため息をついた。
「君もわかっているはずだ。これは単に、お互いの主義主張をぶつける類の戦いなんかじゃないってことを。間違っているのは君で、私は正しているに過ぎない。そうじゃないかい?」
「……葵さんの言う通りだと思います。でも、そうだとしても……何か……何か考えることができるはずです。化心を殺さずに済む方法とか、シンパシーを発生させない方法とか」
「無い。この千年の間、そんなものは発見されていない」
「だったら……! 寧音さんの化心を本体に還す、とか……」
「化心は人の心から漏れ出た膿だ。膿を傷口に戻す馬鹿がいるかよ」声の調子は依然として変わらないのに、どことなく呆れと怒りが滲み出ているようだった。「そんなこともできないしね」
「……」
「それに……たとえここで私を退けたとして、その後はどうなる? 次に君の前に現れるのは椛だ。あの子は私ほど甘くない、君も化心も、弁明の機会なんて与えられずに〝終わる〟よ」
わかっている。
既に決着がついている話なのだということは。
最初からわたしが詰んでいることは。
全部わかっていて……それでも無駄な足掻きを止めるわけにいかなかった。
わたしよりも幼い少女が、犠牲になるのを見過ごすことが、どうしてもできなかった。
――自分が阻止できる立場にあるなら、尚更。
「――〈来い〉!」
葵さんを見据えながら、わたしは叫んだ。
しかしその声の対象は、彼女ではない。
声を受けて、随分前に投げ捨てられたわたしの〝トートバッグ〟が、もぞもぞと動き始める。数秒でそこから大量の〝わたしの血〟が吹き出し、わたしの周囲を漂った。
「次は〝ご先祖様〟の力か」葵さんが呟く。「いいさ、とことん付き合ってやるとも」
戦いは、まだ始まったばかりだ。




