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ココロのトバリ  作者: サザンク
第4話 夢見る魔法少女

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◇20

◇20


 ――もう、取り返しがつかない。

 腕にかかる力を感じながら、そう思った。

 積み重ねた日々、積み上げた信念が、音を立てて崩れるような感覚を覚えた。

 化心殺しを肯定してきた日々が――それだけじゃない、葵さんと過ごした日々も、与えられた織草の名が持つ矜持も、わたしは穢していた。

 それでも、どうしても、

 この腕の力を弱めるわけにはいかなかった。

「――ぐっ!?」

 鳩尾に鋭い衝撃。

 胃の中のものが――クレープとか――逆流しそうな不快感を伴いながら、わたしの身体は吹っ飛んだ。

 見れば、右足を上げている葵さんの姿。

 彼女のキックが、剣鉈と刀の鍔迫り合いを中断させたのだ。

 速く、重い蹴り。

 何よりも……容赦がない。

「言い分を聞こうか」今までで一番の冷たい声色で、葵さんが口を開く。「別に何を言ったところで、対応が変わるわけじゃないんだけどさ」

 剣鉈を構え直す。

 一時の気の迷い……なんかじゃないってことを、示すために。

「帷ちゃん。君の傍にいるそれが化心であることも、化心は退治しなきゃいけないことも、私はちゃんと説明したつもりだよ。それが理解できないほど、君は馬鹿じゃないだろう?」

「…………」

「それとも、化心だとわかった上での行動なのかい? 人間どころか、生き物ですらないそれに対して、たかだか数日一緒にいただけで、同情しているとでも――」

「――そんなの、同情もしますよ!」

 葵さんの言葉を遮る。

 彼女は元来――わたしに対しては特に――口数が多い方だが、それでも彼女の話をこんな風に遮ったことなんてなかった。葵さんの余裕を含んで言い聞かすような低めの声が、心地良かったからかもしれない。

「化心が退治しなきゃいけないことはわかってます。でも……だけど――」

 葵さんの言う通り、わたしだって馬鹿じゃない。

 あの人がこの局面になっても〝それ〟を隠していることには、気づいている。

 ……気がついてしまう。

「――〝シンパシー〟はどうなるんですか!?」

 葵さんの表情が僅かに揺れた。

 やっぱり、彼女は意図的に隠してた。

 野生として自然発生するものを除けば、化心には、それを生み出した元となる人間が存在している。そして、化心が死んで消滅すると、その人間に何らかのダメージが発生する。それがシンパシーだ。

 シンパシーは命こそ奪わないものの、決して軽いものではない。常に鍛えていた水泳選手でさえ救急車で搬送されたし、10代の高校生でも発生した翌日は誰一人登校できなかった。身体的に若く優れた肉体であっても、シンパシーを完全に遮断することは不可能だ。

「雲坂寧音さんは病院で眠っているんでしょう。もしここにいる化心の寧音さんを退治したら、本体にシンパシーが発生する。その時彼女は……〝耐えられる〟んですか?」

 シンパシーそのものは、命を奪わない。

 でもそれは……本体となる人間が〝健康〟であったらの話だ。

 もし、イルカ蝶や首無しを殺した際と同様のダメージが、本体の寧音に降りかかったらとしたら――。

「…………」

 今度は、葵さんが黙ってしまう。

 皮肉にもその沈黙は、わたしの主張が間違っていないことを、表してしまっていた。

 葵さんは、本体の寧音が病院にいることを『できれば言いたくなかった』と語っていた。ここにいる寧音が化心であることをすぐに証明できる事実であるにもかかわらず……だ。それは葵さん自身も、化心を殺せば、病院にいる本体が、ただでは済まないことを承知していたから。そしてそのことを、わたしが知る前に決着をつけたかったから。

 〝人が死ぬ〟という事象を、葵さんは一人で片付けるつもりだった。

 そのことに思い至った途端、わたしは……〝こうしていた〟。

 ここにいる寧音と、どこかにいる寧音を、守ることを選んでいた。

「『どうなるか』についての答えを言うなら――『どうしようもない』だ。本体のいる化心を殺せば、シンパシーが本体に降りかかる。……私は例外を見たことはない」

 葵さんが答える。

 半ば観念したように。

「眠っている雲坂寧音にも、もちろんシンパシーは襲いかかる。意識のない彼女は、それに抵抗する意思を持ち得ない」

「わたしに……寧音さんが死んでいくのを黙って見てろと……言ってるんですか」

「……そうだ」

 肯定の言葉。

 それは同時に、わたしを拒絶することを意味していた。

「…………」

 熱いものが瞼の裏を揺らす。

 吐いた息が震えている。

 腹を蹴られて感じた血の味が、まだ喉に張り付いている。

 さっきまで抱いていた怒りとは別の、ある種使命感にも似た何かが、わたしの腕に力を込めた。

「わかったよ、帷ちゃん」

 声色は変えず、ただ刀を構え直す葵さん。

 その鋒は寧音ではなく、〝わたし〟に向いていた。

「理解できても、納得できない……そうなんだね」

「……はい」

「だったら仕方ない」

 それ以上、お互いに何も言わなかった。

 びりびりとした緊張が張り詰める。

 風が止んだような気がした。

 怖れは消えていた。


 一呼吸置いた後、

 二人の剣が再び交わった。

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