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ココロのトバリ  作者: サザンク
第4話 夢見る魔法少女

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◇19

◇19


雲坂寧音(きらさかねね)は現在14歳。今からちょうど一年前、中学校から帰る最中に居眠り運転の車と衝突、意識不明のまま病院へ運ばれた。一命は取り留めたものの、脳が受けた損傷のせいか、今も眠り続けている。目覚めるかどうかの見込みについては……厳しいと言わざるを得ない」

「……事故」

 雲坂。

 それが寧音の苗字。

 彼女の名前は、雲坂寧音。

 そして今は……病院で眠っている。

 ここにいるのは……ここにいるはずのない少女。

 ここで自由に歩けるはずがない少女。

 葵さんが、そう言っている。

「病室に忍び込んで確認したが……眠っている彼女の顔とそこにいる少女の顔はまったく同じだった。化心の姿が本体に似通うという例はあるけども……行動も含めて、ここまで違和感なく〝人のふり〟ができるとはね」

「…………」

 ここにいる寧音の正体は……化心。

 葵さんが嘘をつくはずはない。

 つく理由もない。

 どんな方法と人脈を使ったのかわからないが、一緒にいたはずのわたしがまったく気づかなかった事実に、この人は遠く離れた場所から辿り着いたのだ。

「彼女は心宮市の人間じゃない。家族も、学校も、病院も、ここからは離れている。なぜ彼女の化心がこんなところに現れたのかは……この化心の特異性を鑑みても、斐上か空骸の関与を疑わざるを得ないかな」

「……ヒガミ」

 寧音の呟くような声が聞こえた。

 そうだ、彼女は斐上と出会っている。あの男によって魔術師にさせられ、だからデザイアを使えて――いや、違う……違うのか?

 着目するべきだったのは、

 斐上の〝魔術師〟としての面ではなく……〝化心の実験をしている〟という面だったのか?

 昏睡状態の雲坂寧音を〝使って〟……化心を生み出した?

 ……なんだ、それ。

 なんで、そんなことをするんだ。

 そんなことが、どうして平気でできるんだ?

 目線を下げる。

 ここにきてようやく、彼女を見ることができるようになった。

「トバリ……」

 潤んだ瞳で、わたしを見上げる寧音。

 普通だ。

 普通の女の子にしか見えない。

 どんなに穿って見ても、少なくともわたしには……化心(やつら)と同じように感じない。

 ……だけども。

 いくつか――少しだけ冷静になった頭で思い返した時に、いくつかの〝違和感〟が、脳裏に浮かぶ。

 そうか。

 だから、あの時は――。

「寧音さんは……気づいていたんですね。寧音さんの姿が……〝わたしにしか見えない〟ことに」

 寧音は何も答えなかった。

 けれど、少し見開いた目と、中断された呼吸の様子から、それが図星だということがわかった。

 すなわち、化心の基本原則。

 限られた人間にしか見えず、聞こえない。

 どのタイミングかはわからないが、彼女は自分自身がわたし以外の誰にも見えていないことに気がついていた。

 たとえば公園にいた子どもたちは、誰も乗っておらず勝手に動く遊具に慄いていた。

宙に浮かぶ石を見て逃げ出していた。

 ゲームセンターの店員は、そもそも寧音を視認していなかった。

 人が多くいるカフェを避けたのも、クレープをキッチンカーから離れた場所で食べようとしたのも……わたしがその事実に気づいてしまうのを避けるため。

 寧音は、わたしを騙して————「違う!」

 言いようのない不信感の広まりが、寧音の声で遮られる。

「その……違わないけど、違うの。トバリ……私は、そんなつもりじゃなくて……」

 その発言は、ほとんど自供だ。

 状況証拠が出揃って、疑う余地すらなくなってしまう。

「化心の戯言だ。帷ちゃん、惑わされるなよ。それは君の同情を誘っているに過ぎない」

 寧音と葵さん、双方の言葉が同じように脳に入り込んでくる。

「私がトバリ以外に見えないことは知ってた! けれど、そのけしん、っていうのはわかんない、騙してるつもりなんてなかった」

「人間に害を為す存在であることを知らないはずはない。自分が見えないことを隠していたのは、後ろめたいと感じていたからだ」

「トバリ、私……怖かった! 秘密にしないと、心配かけさせちゃうと思って、トバリに見えてるなら、大丈夫って思って……トバリを信じてたから」

「何を言われようとも、それは化心だ。その事実は揺らがない。私たちは化心を殺さなきゃいけないし、君だっていままでそうしてきたんだ。戸惑う気持ちも察してあげたいけど、同じように処理しなくちゃいけない」

「トバリっ」

「帷ちゃん」

「……っ」

 どうしよう。

 どうするべきだ。

 どうしたらいい。

 葵さんの言っていることがきっと正しい。

 化心は退治するのが道理だ。

 そしてここにいるのが化心なら、それを退治しなければいけない、それも道理だ。

 けれど……どうしてか。

 拭いきれない〝違和感〟がある。

 何か、重要なことにまだ気がついていないような、そんな感覚。

 情報はすべて開示されているはずなのに、葵さんが……何故か〝焦っている〟ように、わたしには思えた。

「化心が少女の姿をして、まるで本人であるかのように振る舞っているのは、それが紛れもない雲坂寧音の願いの具現であるからだろう。眠ったままの彼女にとっては、ただ歩いて話すという何でもないことすら、尊い願いだ」

「…………」

「でもそれはこの世の〝摂理〟に反している。見つけてしまった以上、放置することはできないんだよ」

 摂理。

 そうだ。

 世界には法則がある。たとえ特殊条件下における例外はあれど、水が高いところから低いところに流れるように、物事はその摂理に従って進んでいる。

 ……〝化心〟でさえも。

 深く考える間はなかったし、あえてそうしなかった。

 また動けなくなるからだ。

 否。

 今この時に自問しても、たとえ何十年経った後に振り返っても、これが〝間違っている〟だろうことはわかっていた。

 今まで積み上げたものが台無しになることは、わかっていた。

 それでも……わたしは、

「帷ちゃん——」

 ガキン、と。

 日本刀と剣鉈が交差する。

 ——〝わたしから仕掛けた攻撃〟を、葵さんが受け止めていた。

 即ち、これは、


 わたしが葵さんに……歯向かったことを意味していた。


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