◇14 前編
◇14
「あ゛っづ~い……」
「暑いですねぇ……」
外に出たわたしたちを迎えていたのは、明らかに異常な暑さだった。
炎天下、とは言い得て妙だ。
なるほどたしかに、そこらで火柱が上がっているような熱気だ。一度火達磨になったわたしが言うのだから、この感覚もきっと間違いない。まだ夏真っ盛りではない時点でこれなのだから、来月のことを思うだけで憂鬱になる。いや、むしろ来月までこのまま据え置きという可能性もありそうだ、どっちでも嫌だな。
「こんなんじゃ……変身しただけで……倒れちゃう……」
「だから……着なくて良かったでしょう……無理ですよ、あんなローブで歩くのは」
「ええ、そうね……あれ? でも、そういう理由じゃなかったような」
わたしがポロシャツで、寧音がTシャツ。薄めの素材の服は既に汗まみれで身体に貼りついており、不快感が募る。以前はコートに仕込んでいた剣鉈とアンプルも、こんな気温ではそうもいかず、深めのトートバッグに入れて持ち歩く状態になっていた。
「でも、バケモノと戦うなら、変身しなきゃ。魔法少女だもん」ぼたぼたの汗を垂らす寧音。「あの姿じゃないと、魔法使えないし」
魔法とは彼女のデザイア――〈明日なんて大っ嫌い〉のことだろう。魔法少女姿じゃないと使えないと言っているが、空骸や七凪は普段着のまま能力を行使していたので、たぶん心構え以上の理由はない。
「こんな時期に変身したら、化心より先に死んじゃいますって、熱中症で」
「それは……そうかも、だけど……あ、じゃあアレよアレ……もっと涼しい服にするわ! クール美人みたいな名前のやつ」
「クールビズですか?」
実際、美人はクールに見える。
葵さんとか、椛さんとか。
「そうそれ」寧音が首肯する。「暑くならないようにフードは削って、半袖で、全体的に薄くして……よし、変し――」
「こんな往来のど真ん中で変身しないでくださいっ!」
きゅるん、と、寧音の姿が変わる――前に、わたしが彼女の肩を掴んで静止する。汗ばんだ手で汗ばんだ肩に触れたせいで、湿った音がした。
っていうか何をしてるんだこの子は。
「もっと人目を気にしてくださいって……!」
「そ、そうね。一応、着替えシーンだし、後でにしておく」
「そういうことではなく……そうでもありますけど」
周りを見る。何人かがわたしたちをじっと見て――暑いからこういう人もいるよな……みたいな視線――すぐに目を逸らした。
恥ずかしい。
べちゃべちゃ寧音の背を押して、とりあえずここよりマシな日陰のある場所へ移動することにした。
「やっぱり暑い〜……」
「さっきよりはいいでしょう……」
近くのアーケードに避難めいた移動をする。屋外である以上外気温は大して変わらないものの、屋根が直射日光を遮ってくれるお陰で、肌を焼く痛みは幾分か和らいでいた。
心宮市は栄えている街(椛さんが言っていた)であり、その街の中に存在するアーケードは、様々な店が立ち並ぶこともあって、多くの人で賑わう場所となっている。平日の昼間である今だと人通りは比較的落ち着いているが、それでも子供連れの母親や大学生くらいの男、高齢の夫婦などが歩いており、寂しい感じはまったくなかった。
「それで、寧音さんは好きなものとか思いつきますか? 魔法少女以外で」
「魔法少女、以外、で……!?」
「そこまで深刻な顔をするほどだとは」
アーケードに来たのは日差し除けのためだけではない。寧音の抜け落ちた記憶、その手がかりを掴む調査も兼ねている、というかそれがメインだ。寧音とて魔法少女にさせられる前はごく一般的な女の子。ならば、こういった場所の店に入って何かを買ったり、食べたり、遊んだことがあるかもしれない。そして、これだけの店舗数なら〝当たり〟を引く可能性はある……と考えてのことだった(寧音が心宮で暮らしていたという前提はあるが)。
この年頃の女子であれば、果たしてどんな風に日常を過ごしていたのだろう。
と、彼女とさほど年の差もない女子ながら思ってしまう。
それこそつばさであれば、いくらでも思いつくのだろうが、休日の過ごし方すらわからないわたしにとっては、これは難問だった。
趣味とか作った方がいいのかな。
「ねぇ、トバリ、あれ行こ!」
アーケード街を並んで歩いている最中、寧音がある場所を指差した。示した先ではぬいぐるみやフィギュアが収められた透明な筐体――クレーンゲームが所狭しと並べられていた。
「へぇ……ここにもあったんですね」
ゲームセンター。
一度だけ入ったことがある。
ここではなく、ショッピングモール内にあったやつだが。
あれはたしか、椛さんに学校で待ち伏せされて、一緒に街を歩いたときだった。施設内の店を順々に巡っていく中で、こういう場所にも行ったのだ。とにかく色んな音がしてうるさかったのと、何をどう楽しむのかのルールがわからなかったのとで、当時はあまり魅力的に感じず、早々に退散した思い出がある(ちなみに椛さんが『景品で欲しいものあんなら取ってあげようか』と言ってくれたのだが、その時はまだ彼女を警戒していたので丁重にお断りした……得意なのかな)。
つまるところ、この施設は見るのも久しぶりだった。
そういえば、つばさや侑里にも誘われたことはなかった。二人ともあまり寄らないのだろうか、つばさの方は他の友人とかと来ていそうな感じはあるけど。他だと……七凪は通ってそうなイメージが思い浮かぶが、彼は常に金欠なのでそんな余裕はないだろう、あくまでそういうイメージなだけだ。
「トバリ?」しばらく黙ってそんなことを考えていたからか、不安げな声色で寧音が声をかけてきた。「いいでしょ?」
「え? ああ、はい。いいんじゃないですか、行ってみましょう」
「やった、じゃあお先!」
跳ねるように駆け出す寧音。公園の時も思ったが、彼女は年相応にしては若干感性が幼いような気がする。別の表現をするなら、彼女の可愛げともいえるので、さして気にするほどではないが。
実際、あんなにテンションが上がるなら、もしかすると記憶を失う前にも遊んでいたのかもしれない。早々に手がかりに辿り着く……と都合良くいくとは思わないが、何かしらの進展は期待したいところだ。
「とうっ! 〈明日なんて大っ嫌い〉っ!」
「普通にドアを通って入店してください!」
能力で壁抜けするな。
っていうかやっぱり普段着で使えるじゃないか!




