◇11 後編
「じゃあ……電気、消しますね」
「うん」
ベッドに入ったまま、リモコンのボタンを押す。短い機械音が鳴ってから、部屋の照明が完全に落ちた。
「ねぇ、ちっちゃい電気つけてよ、黄色いやつ」
ぎゅ、と私の背中を掴む感触と、耳の真後ろで発せられる声。もちろん寧音だ。昨日と同様、わたしと共にベッドに並んで横たわり、共にシーツを被っている。狭いやらくすぐったいやらで、別々の場所で寝る方が都合はいいのだけど、どうしても一緒じゃないと嫌だというので、こういう形になっている。
「わたしは真っ暗がいいタイプなんですけど」
「別にいいじゃない、どうせ目を瞑れば気にならないんだなら、ちょっとくらいつけてたって」
「それを言うなら、どうせ目を瞑るのに豆電球をつけてても意味ないと思います」
「ぐ……ぬ……」
「暗いの、怖いんですか?」
「べ、別に? 怖いわけじゃないけど?」
「じゃあこのままで」
「だめ、うそ、ちょっと怖い」
素直に認めたか。
わたしに慣れたからか、昨日よりも素直に自分の意思を出すようになったようだ。
仕方なく、リモコンを操作して小さい電球のモードにする。見慣れた自分の部屋が薄暗く浮かび上がる。完全消灯よりは明るいはずなのに、なんだかこっちの方が〝夜〟感が強い気がした。
「おやすみなさい、寧音さん」
「……おやすみ」
さて、明日はどうしようか。
調査は今日と同様に、学校帰りに行うことになるだろう。また勝手に来られるのも困るので、寧音には家で夕方まで時間を潰してもらわなければならない。多少ごねられる可能性はあるが……まぁ、テレビでも観せて引き止めればいいか。
調査する場所も改めて考えなくてはいけない。とはいえ、寧音や斐上の痕跡をただ闇雲に探すのは現実的ではないか。また公園に行くという手もあるけども……単なる勘だが、今以上のものが見つかる気はしない。
「……んー……トバリ……」
左腕がほんの少し強く締め付けられ、寧音の鼻先が肩に触れるのを感じた。もぞ、と布団が擦れる音がする。まだ寝付けていないらしい。
「トバリ……起きてる……?」
「起きてますよ」
「そう……」
「寝られませんか?」
「ううん、眠いん、だけど……なんか、怖くて」
「怖い?」
「寝るの……寝たら、私が切れちゃう、そう思ったら、寝たくなくなるの」
「…………」
「わかる?」
「……はい、わかります、すごく」
「トバリも、そう思う時があるんだ」
「……はい」
「よかった」
衣擦れの音、後ろにいる寧音がわたしの左腕から手を離し、今度は背中にしがみついてきた。
抱きつかれている状態。
彼女の鼻先は相変わらずわたしの肩や背中に当たり、その指はわたしの腰や腹を服越しにふにふにと撫でている。流石にくすぐったさと気恥ずかしさが頂点に達しつつあったので、一言言おうとしたとき――指が止まった。
寧音の指が触れていたのは、腹部のとある範囲――正確に言えば、服越しに触れることでわかる程度に、僅かに隆起した部位。
わたしの、傷跡だ。
「…………」
「大丈夫ですよ、痛みはないので」
「……ほんとに?」
「ちょっとだけ……ぞわってしますけど、それだけです」
「バケモノと戦って?」
「いえ……事故のようなもの……ですかね」
「ふーん……」そうなんだ、と、寧音は腹から指を遠ざけ……それでも傷から離れた腰の辺りをかっちり掴んでいた。気を遣ってくれたのかもしれないが、これはこれで変な声が出そうだった。
「トバリって」くっつきながら寧音が話す。「……あったかいね」
「……そうですか?」
つばさにもちょいちょい抱きつかれるが、そんなことを言われたことはない。
「さっきまでお風呂に入っていたからですかね……」
「いい匂いもする……」
「嗅がないでくださいっ」
それも風呂と柔軟剤のおかげだし、その理屈ならそっちも同じ匂いだ。
寧音を離そうと動いたら余計に密着された。引き剥がそうにも思ったより力が強い、何が彼女をそこまで突き動かすんだ。
……寝よう。
諦めて脱力し、目を瞑る。
「私ね」再び真後ろから寧音の声。「ずっと、こうやって、誰かにくっついて寝てみたかった気がするの」
「……何か、思い出しましたか?」
「ううん、全然、そんな気がするってだけ」
「……そうですか」
そんな気がする……か。
斐上の存在をきっかけにして、無自覚に記憶が掘り起こされた、という可能性。
わたしもまた、似たような経緯で自らに起きたことを思い出したわけだし、そのパターンは寧音にも当てはまりうるだろう。まぁ、本人に自覚がない以上、現時点では何とも言えないが。
そのうち葵さんも帰ってくる。そうなれば、さらに状況は前に進むだろう。わたしは、わたしなりにできることをやるだけだ。
眠気が昇ってきた。日頃、夜に寝付けないこともままあるので、今日みたいなのは珍しい。化心との戦闘はもちろん、二人で生活したことの疲れも出たのかもしれない。
良い気分だった。




