◇10
◇
よるのほしいろ
かぜのにおい
にじのえんぴつ
ながでんわ
おもちゃのつえを
ふりまわす
ぜんぶつつんで
ぜんぶだきしめ
かたいふとんで
ゆめをみる
◇10
ピー ピピピ ピー ピピピ…………
耳慣れない機械音が自分の部屋に流れる。電子レンジの音にも似ていたが、こっちの方が長くて遠い。なんだろう、と数秒考えて、風呂場からの呼び出し音だと気づいた。そういえば、温度調整のパネルの中にそんなボタンがあったか、一人で住んでいればまず使わない機能だったせいで、すぐにわからなかった。
「寧音さん、どうしましたか」
風呂場の隣にある脱衣所(洗面台)に入る。浴槽へ続く扉は閉まっており、透明な樹脂でできたそれの向こうに、寧音の肌色が朧げに映っていた。
「わ、ホントに来るボタンなんだ」扉の向こうから水音と寧音の声が、もわもわと響く。「んー……何でもない、ボタンがあったから、押したくなっちゃって」
子どもか、とツッコミかけたが、実際わたしより子どもではあるなと思い「そうですか」とだけ返した。この子はバスの降車ボタンや、歩行者信号のボタンも我先にと押すタイプに違いない。
「じゃあ、わたしは戻ります。お風呂から上がったら夕飯にしますから」
そう伝えて、脱衣所から出た直後。
また同じ機械音が鳴った。
…………。
「寧音さん?」
「え、えーと……ん、ふふ、また呼んじゃった」
「ふふと言われましても」
「そうだ、ご飯ってなんなのー?」
「ご飯は……焼豚、葱、海老の食感たっぷり、高級香味油の香り広がる本格五目炒飯」
「おお!」
「を、八分温めます」
「冷凍じゃん!」
「いいじゃないですか、冷凍。美味しいし、楽だし」
「あったかみが欲しいわよぉ」
「温かいでしょうが」
「そうじゃなくてぇ」
というか、昨日の冷凍パスタは文句なく食べてたじゃないか、わがままめ。
料理は……しない。家庭科の実習にはついていけるので、まったくできない……というわけではないが、進んで自炊をするほどの意識はない。専ら外食か持ち帰り、今夜のように冷凍がほとんどだ。手間を省略できる分早いし、なによりプロが作ってるのだ。せっかく自分よりも料理のスキルがあって、料理に誠実な人間が作っているものがあるなら、それを食べた方が世のためであり自分のためになる。そんな事を前に葵さんに言ったら『まったくその通り、気が合うね』と同意してくれた。(ちなみに椛さんには『自分の面倒臭さに理屈をつけたら碌な大人にならないわよ』と嗜められた、残念)
……それはともかく。
この様子なら体調面の問題はなさそうか。公園でしばらく眠ってた時はどうなるかとひやひやしたけど、引きずっているうちに目を覚ましたし。
扉越しに寧音の様子を伺いながら、そう思った。
「もう出ますか? タオル、置いておきますね」
「うん。……トバリも一緒に入れば良かったのに」
「いや、流石に狭いですから」
「私が足上げて逆立ちっぽくするけど」
「なんですかその体勢」絵面が水死体過ぎるからやめてほしい。
「肩はちゃんと浸かってるのに」
「肩だけ浸かっても意味ないんですって、肩まで浸かってください」
わたしは後で入りますから、と言って、夕食の準備のため、脱衣所を出る。
ピー ピピピ ピー ピピピ…………
「…………」
子どもか!
「おいしい!!!!!」
スプーンで皿の炒飯を大量にすくって、頬張る寧音。口の大きさと運ばれる炒飯の量が釣り合わず、溢れた分が口の端についたり皿から机に溢れたりしていた。それにも構わず、次々と米の山に手をつけていく。求めていた〝あったかみ〟とは一体何だったのか。
とはいえ、この炒飯の味が良いのは本当だ。複数の具材のバラエティ豊かな食感は楽しく、かといって個性を主張しすぎるわけでもない。香味油をベースにした味付けによって、それらが高いレベルで統一されている。冷凍故に完璧なパラパラ食感ではないにせよ、材料を用意する手間やこの味に辿り着くまでの研鑽を思えば、その点は些事だ。
そう、つまり。
「冷凍食品って……〝最高〟なんですよねぇ……!」
「なんでそんなドヤ顔ができるかわかんないけど……まぁいっか、美味しいのはホントだし」
食事を終えて、食後にアイスが食べたいというから再び外出してコンビニでカップタイプのものを買ってきて(『なんかアイス小さくない?』と寧音に言われたが、これしか知らないのでなんとも言えなかった、そうなんですか?)……それらをお互いの前に置いた今。
ようやく、本題の話ができるようになった。
「そんなに期待されても……大したことを思い出したわけじゃないけどさ」という前置きから。寧音が語り始める「私を……魔法少女にしてくれた人がいたの」
「人……ですか」
「そう! 普通は異世界のマスコットなのに! おかしいわよね!?」
「普通とは」
「こういうののお約束は、異世界から来たマスコットが……犬とか猫とかウサギみたいな可愛くて……だいたい妖精なんだけど……とにかく、そういうのが『早く魔法少女にしてあげるむみゅう!』とか言って変身させてくれるのが普通なの!」
「……あぁ、そんな感じなんでしたっけ」むみゅう?
「でもでも、マスコットなのは仮の姿で、実は敵によってそうさせられちゃった人間ってパターンもあるんだけど」
「へぇ」
「でも最初から人間なのは私的にはちょっと違くて」
「その話長くなります?」
魔法少女については、随分な〝拘り〟をお持ちのようだが……話を戻そう。
「それがいつで……どこだったのかは知らない、覚えてないだけかもしれないけど……。でも、その人が聞いてきたの、『どうなりたいか』って……だから私……つい『魔法少女になりたい』って」
「つい答えますかね、普通そんなこと……」聞く方も聞く方だが、咄嗟に出る返答とは思えない。
「もちろん、答えるに決まってるじゃない!」ネオンが堂々と胸を張る。「私、いつどんな時でも魔法少女になれるよう、イメトレをしていた……気がするから!」
強くて、可愛くて、正しいことを為す者に憧れていた。
記憶が無い自分の中に、唯一それだけが〝あった〟。
そしてどういうわけか……そうなれるチャンスが訪れた。
ならば……手を伸ばさない理由はなかった。
だからこそ、夢の中にいるようなふわふわとした意識の中で、はっきりと根底にあった〝願い〟を口にした。
そういうことらしい。
「で、いつの間にかあの格好で公園にいて……こっからは、もう話したと思うけど」
目論見も方法も不明のまま、魔法少女ネオンが爆誕していた。
それが、魔法少女ネオンの……真の始まり。
「変身する方法だけは、なんとなく知ってて。でもトバリが教えてくれた〝デザイア〟は……あの時咄嗟に出たやつだから、私にもよくわかんない。その人は、魔法の使い方みたいなのは教えてくれなかった……はず」
「なるほど……」
正直に言えば、情報はほとんど増えていない。
とはいえ、収穫そのものはあった。
寧音の正体や記憶についての手がかりは、寧音が出会ったその〝人物〟が握っている可能性が高い。
正直どう動くべきか考えあぐねていたところはあったので、探す対象がわかったのは進展だ。
疑問の解消のための手段も得られたのも大きい。寧音をネオンにした目的や方法は、その人物から聞き出せば良いのだから。
それがわかったのなら、危険な目に遭ったとはいえ、公園に行った甲斐はあったといえるだろう。
とはいえ問題はその人物が何者かで、どこにいるのか、だが……。
「あ、それと、これも今、話してるうちに思い出したんだけど」寧音がカップに残ったアイス(ほぼ液体)をスプーンでこそぎとりながら、話を続ける。「私、その人の名前を聞いたんだった」
問題の一つは、ここで解消されることになる。
「たしか……〝ヒガミ〟だって。名字なのかな、それとも名前?」




