◇9
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化心の衝突は確実だった。
むしろ、衝突自体は間違いなくしていたと言っていい。
どこからどう見ても、化心と寧音との間に一分の隙間はなく、お互いの距離はゼロだった。
なのに彼女は吹っ飛ぶことも、仰け反ることもなく。
痛がることも、うめくこともなく。
その場に〝留まったまま〟だった。
そして化心の図体は、寧音の身体にしっかり〝接触〟して――〝通り過ぎた〟。
ぬるり、と、
まるで空中に投影された立体映像のように、彼女には実体がなく、故に障害物のない化心は、そのまま彼女の身体を貫通したのだ。
ただし、化心がそのまま逃げおおせたわけではなかった。
「な……」
人間の身体をすり抜けるという、これだけでも意味不明な事象。
しかし、不可解は〝連続で〟発生した。
抵抗なく寧音の身体を(どういうわけか)素通りし、等速で向こう側へ行くかと思われた化心の動きは……何故か、誰が見ても明らかな程に……〝鈍化〟した。
鈍くて、どんよりになった。
スローモーションのよう――とまでは流石に言いすぎだが、とはいえ秒速10メートル前後で移動していた体躯は、目視にして半分以下の速度まで落ち、やがて、よたよたともたついた動きになった。
そのおかげも相まってか……このタイミングでようやく、既に放っていた血の鏃が化心に追いついた。
寧音を回避するような軌道を描いて(もしかしてすり抜けたかもしれないが、一応当たらないように念じた)、緑色の目玉に突き刺さる。鈍い音をたてて、化心は公園の床に伏し……やがて消えた。
そうして、青緑の化心との戦闘は、完全に終了した。
「寧音さん!」
へたり込んだままの寧音に駆け寄る。まだ事態を飲み込めていないのか、その表情はどこかぼんやりとしている。
「大丈夫ですか、怪我は」
一呼吸置いて、意を決してから、肩に触れる。手のひらに伝わる肌の冷たさ。あの現象は解除されているようだ。そのまま顔、首、腕、足にも触れる。思った通りどこにも負傷はない。服に土がついているだけだ、とりあえず軽く払っておいて…………念のためもう一度全身を――「と、とばりっ……ちょっと、くすぐったいって……」
寧音からの反応、身をよじって、顔を赤らめていた。この感じなら、意識も問題ないようだ。
「あ……すみません、その、どこか痛いとこは」
「ううん」寧音がかぶりを振る「どこもない、けど……あの、バケモノは」
「殺しました。寧音さんが逃がしてくれたので、子供たちも無事です」
「……そっか」
よかった〜と息を大きく吐いて、寧音が地面に倒れ込む、またしても服が汚れた。
もちろん、そのまま土の下まですり抜けて落ちるなんてこともない。
あの特殊な状態は、あの瞬間だけのもの。
彼女が〈明日なんて大っ嫌い〉という〝言葉〟を叫んだ……否、〝唱えた〟瞬間のみ、彼女の身に起きた変化。
〈見当違いの恋〉、
〈遠く遠くへ〉、
〈明日なんて大っ嫌い〉。
魔法少女たる彼女が咄嗟に発揮したそれは、過去に出会った魔術師が用いる〝デザイア〟に、よく似ていた。
正確には、その響きが――声が空間と身体を震わせるような感覚が、空骸黑よりも、七凪勇兎がデザイアを使った時を想起させた。……が、そもそも自分は空骸のデザイアを一回しか見てないし、しかもあの時は対峙していてそれどころではなかったので、この主観に主観以上の根拠はなかった。
「えっと……」
どこから何をどう言うべきか。
衣装の変身術を見ている以上、この期に及んで正体を疑う余地は無かったが……それでも、戸惑ってしまう。
「……さっきの、アレのことですけど」
まぁ、聞かない訳にはいかないのだが。
なにせ、せっかくの有力な手掛かりなのだ。
公園という場所からは、寧音の正体に迫れなかったものの、しかし公園に来たこと自体は、結果的に得るものはあったといえる。デザイアは魔術師にとって得意な術を指すと空骸は言っていたが……これがデザイアにせよそうでないにせよ、寧音という少女のアイデンティティを形作る要素と考えるのは、ごく自然に思えた。
なので、故に、
確認しなければならない。
質問しなければならない。
ならない、の、だが、
「……すぅ……すぅ……すぅ……」
「………………」
わたしは、ただ見下ろすだけだった。
対象から発せられる規則正しい、静かな呼吸音。
言い換えれば、寝息。
大の字になって安心を表現した魔法少女は、自身の安心感に任せるまま、爆睡していた。
もう一度補足しておくが、ここは土の上、である。
「やれやれ」
虫に抵抗感もないようだし、遊具での振る舞いも鑑みるに、外で遊ぶことが好きな少女だったのかもしれない。
それこそ、友達と魔法少女ごっこをするような……いや、実際魔法少女なわけだから、そこは大真面目に正体を隠していたのだろうか?
「なんとも言えない、けど……とりあえず」
一歩前進、と信じることにする。
色々聞くのは帰ってからにしよう。
「ほら、寧音さん。起きてください、こんなところで……いやホントにこんなところで寝ないでください、まったくもう……寧音さん、早く起きて……寧音さん……全然起きない!?」




