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「ねぇねぇトバリ! 見て見て! 豚の丸焼き!」
「おお……」
「か、ら、の……ダンゴムシ! そんで、つばめ!」
「すごいですねぇ……」
「こうもりぃ!」
全然回らないな……。
いや、技は凄いけど。
先程から、公園の鉄棒にぶら下がり続ける寧音と、それをベンチに座ったまま見続けるわたし、という状態。
目線を別の方へ向けると、高い声を上げながら鬼ごっこをする子供の姿、バスケットゴールで交代しながら1on1をする同世代くらいの男子の姿が見えた。化心が出現したらしいが、到着から三十分経過した現在は、公園は平和そのものだった。
「ほらトバリ、よそ見しないで! 技やるから! みーてーて!」
「はいはい」
まるで自慢する子と付き合わされている親だ。
と、経験の無い光景と重ねて苦笑する。
それともわたしにも……帷になる前の〝わたし〟にも、こんなことが、かつてあったのだろうか。
そしてやっぱり……忘れているだけなのか。
感傷が肌をなぞるような気分になったのはきっと、葵さんと椛さんの父親の話を聞いたことも、無関係ではないだろう。
「…………」
考えなかったわけじゃない。
わたしに……〝実の両親がいるはず〟なんてことは。
葵さんの電話を思い出す。彼女の言う通り、人が〝二人〟から成り立つならば……わたしだって、その〝二人〟がいるはずだ。
当然の論理。
当然の摂理。
だけどわたしは……そのことを今まで深く考えることはしなかった。
理由は大きく二つ。
一つは、いくら過去に問いかけても、手がかりになるようなものは一切――心臓を取り替えられた日以前の記憶が完全に消えているのが、やっぱりわかりきっていたから。
もう一つは……〝わたしを探す者がいない〟という事実と面と向き合うのが……嫌だったから。
……。
……そう。
いないのだ。
見当たらないのだ。
行方不明者のリストや、蒸発した人間の情報が集まる掲示板、SNSに投稿された捜索願い。
そういったところをあたっても、わたしはわたし自身を、未だに見つけることができないでいる(白髪という目立つ要素を備えているのに、だ)。
つまりそれは、わたしを探す者がいないことを意味するわけで……。
両親、親戚、友人、知人、恋人(?)……。
〝みんな〟がいるとして……果たしてどこにいるのだろうか。
それとも……単に、わたしを探そうとする意思がないのか。
後者だとすれば――〝堪える〟というのが正直な気持ちだ。
たとえば、親――あるいは、親と呼んで差し支えない者からわたしは――〝愛されて〟いたのか。
そんなことを考えてしまう。
わたしを探している痕跡さえ見つからないという事実は、彼らに『どうでもいい』と思われていることの証左ではないか。
そんなことを考えてしまう。
いつの日からか、わたしは自分の過去についてアレコレと思案することを放棄していた。思い出せるならそれに越したことはないが、現状に限っては、どうやってもわからないどころか、むしろ胸の内が暗く澱むような、重苦しい気分になるばかりで、何もメリットがなかったからだ。
しかし、そうして意識的に避けていた感覚が、予期しない巡り合わせによって、久しぶりに湧き上がった。
「————」
わたしは誰か?
誰かはわたしか?
再び問いかける……が。
やっぱり、わからない。
心当たるものが、ない。
自らの内にある〝時系列の境目〟は、鋼鉄の扉のようにそこにあり、いくら押しても冷たく閉ざされたままだ。
……ああ、
ため息をつく。
やるんじゃなかった、と。
無為な行為だったと、落胆する。
結局のところ、
わたし、なんてのは——「トーバーリー! 見てって言ったでしょ! せっかくレア技決めたのに!」
「ん、ぇ?」
両肩を軽く掴まれた衝撃で……〝目が覚めた〟。
葉が揺れる音、土の匂い、そして仁王立ちの寧音。
現状を構成する情報が、五感に伝わり、意識が更新されていく。
「……あれ、ごめんなさい、ぼーっとしてて」
寝ていた……のか。そんなつもりはなかった。
意識を内に向けすぎた弊害か、いつの間に微睡んでいたらしい。彼女には悪いことをしてしまった(せっかくのレア技? が……)。
「もう……疲れてるなら、外に出なくて良かったのに」
「そういうわけでは……いや」昨夜はずっと抱きつかれて窮屈だったのを思い出す。寧音の方は(わたしの)ベッドに入って数分で寝息を立てていたので、変に動いて起こすのも気が引けて、結局そのまま朝を迎えたのだった。眠れないわけじゃなかったが、もしかしたら疲労はあったかもしれない。
「……で、どうですか?」軽く咳払いをして寧音に問う。
「もうちょっと、って感じかも。地獄回り、ぶら下がるところで毎回止まっちゃうから」
「記憶の話ですよ……」
「あ、そっち? そっちは全然」
「……そうですか」
心配のしがいがないなぁ。
わたしが付き合わせているとはいえ、もう少し当事者意識を持ってくれてもいいはずだ。
あるいは言葉にしてないだけで、寧音もわたしと同じように、過去を見ることを躊躇っているのか?
だとしたら……「うひょあああぁぁぁ——」……何?
声の方を向くと、寧音(いつの間に目の前からいなくなっていた)が……宙を舞っていた。
……というのは大袈裟な表現であり、彼女は単に、木製の柵と柵の間に張られたワイヤーを、ぶら下がったロープ跨ってスライド移動していただけだ(後から知ったが、あれはターザンロープという遊具らしい)。
「お おおお お トバリっ、これ、たのしっ おお ああヒャ アッハッハッハ! ヒュウ!」
お気に召したのか、さっきから何度も往復する寧音。ハマりすぎてほぼ発狂に近い嬌声を上げている。傍目から見るとかなりヤバい奴に見えるし、事実ロープを見上げる子供二人がドン引きしていた。
「ほら、次の子に譲らないと駄目ですよ」
「ええー」
端に到着したタイミングで、寧音の腕を掴んで引き上げさせる。「ごめんなさい、使っていいですよ」と、先ほど見上げてた子供たちに言ったものの、二人は首を大きく横に振ってその場から駆け出してしまった。
……まぁ、見た目のこともあって、引かれるのは慣れてる。今回の場合は間違いなく寧音のせいだが。
「ねぇねぇ、あの子たちいなくなったからさ、またこれ乗っても」
「寧音さん、元々の目的を忘れてませんか?」
「バケモノ……化心だっけ? それの退治でしょ? もちろん忘れてないし、だから、ちゃんと戦えるように、トレーニングしてるんじゃない」
遊んでるようにしか見えなかったけど……?
公園という不特定多数の人が行き交う場で出現した化心、おそらく野生と思われるが、未だに目撃はできていない。とはいえ、化心の基本能力の一つに〝姿を隠す〟というものもあるので、仕方ない面もあるが……。
「ほら、トバリも」寧音がわたしの手を引く。「今のうちに練習しないと」
「なんですか練習って」
「変身ポーズに決まってるでしょ⁉︎」
「やらないに決まってるでしょう⁉︎」
「なんでよ! 衣装を決めたんだから次はポーズと名乗りを考えないとじゃない!」
「頼んでないですから……」
「ポーズと名乗りは私も考えて……覚えてないから、一緒に作ることになるけど……あ、どうせならこう二人揃って一つになる形ってのはどう⁉︎」
「聞いてないし……」
「物語の終盤、トバリという相棒を失ったことで、たった一人で戦うことになるんだけど、一人しかいないからポーズが片方分しかできないの、そこでもう観てる側からしたら涙が止まらないわけ」
「わたし死ぬんですか……? 終盤で……?」
終盤ってなんだ。
誰が観てるんだ。
「よし! そうと決まれば早速――」
俄然やる気になった寧音。このままでは彼女の魔法少女ロールに巻き込まれるに違いない。
なんとか体良く断らなくてはと方策を巡らせるが――「トバリ……〝あれ〟って……」
謎練習は、寧音の一言と、彼女が〝発見したもの〟によって一時中断されることとなる。
……。
いや、ぜんぜん、これっぽっちも、
ちょうど良いタイミングだ……とか思ってない、です。




