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そして、場面は今この場所——学校に戻る。
「ん? どうしたの? おでこにしわ寄せて、顔になんかついてる?」
「どうした、ではなくて……寧音さん」
「あー! また呼んだ! いい? もう一度言うけどあたしの名はネオンで」
「別に呼びやすい方でいいでしょう? そもそも昨日は名前を教えてくれたじゃないですか」
「それは〝変身前〟の名前なんだってば! 今は呼ばないで欲しいし、そもそもカッコ悪いでしょ」
「名前は大事にした方がいいですよ」
元から覚えているものなら、手がかりになるという面もあるし、尚更だ。
……いや、それよりも。
「どうして学校に来たんですか? それでどうして……またしてもこんなことを?」
人気がないとはいえ、これ以上騒がれて誰かに気づかれるのもまずい。
何にせよ出てってもらうつもりだが、一旦は彼女の主張を聞くことにした。
「え、ヒマだったから」
「嘘でしょう……⁉」
情状酌量の余地が無さ過ぎる。
「ふ、服を引っ張らないでよっ、伸びたらダサくなっちゃう‼」
「お願いですから一秒でも早くどいてください……!」
「仲間は多いに越したことないでしょーが‼ 昨日はそのせいで倒せなかったんだし!」
「少なくともわたしの学校で勧誘する必要はないです‼」
ここからしばらくの間、激しい問答と若干の取っ組み合いが発生するのだが、あまりにも見苦しいので省略。
「そもそも、トバリだって悪いんだからね! 昨日はあんなに自信満々だったのに、最初にやったの、あなたの家でただ留守番するだけなんだもん。私、騙されてただ攫われただけなんじゃないかって、ちょっと疑ってたんだから」
「それは……申し訳ないですけど」
「あの家、ゲームとかないの?」
「……ないですね」
「え、じゃあ学校から帰ったら何してるわけ?」
「仕事がある日は事務所に行きますし、それ以外は課題か筋トレして一日終わりますね」
「えぇ……? ウソでしょ……マジ……?」
「そんなに引きます?」
「もっと楽しいことしなさいよ。ダラダラするとかでもいいから」
七凪と同じようなことを言われてしまった。そんなに面白みが無いように見えているのだろうか、わたしは。
……結構楽しいけどなぁ、勉強するのも。
魔法少女を自称するネオンこと寧音に名刺を渡したまでは良かったが、ただし昨日においては極めて個人的な問題——織草帷の休養日だという事情があったため、即座に行動するのは躊躇われた。
別に、わたし自身は休みそのものに拘りがあるわけじゃない。やろうと思えば休日返上で動くのも吝かではないのだが、休養が葵さんに命じられているというのがネックだ。寧音を調査するには、葵さんの有する人脈やノウハウは必要になるだろうが、昨日の時点で連絡しようものなら、『おや、私の厚意を無碍にするのかい?』などと皮肉が飛んできかねない。上司との関係性を損なうのもうまくないので、寧音には申し訳ないが、一晩だけ待ってもらうことにした。その際当然だが、記憶の無い彼女には帰る場所もわからなければ、夜を明かす手段も持ち合わせていなかったので、わたしの住処を提供したのだった。
不用意に外に出たせいで、寧音が再び化心と戦う羽目になっても困る。とはいえわたしも学校を休むわけにはいかないので、とりあえず本格的な調査は下校後ということにして、彼女にはわたしの家で待ってもらうつもりだったのだが……どうやらお気に召さなかったようだ。映画でもレンタルしておくべきだったか。
「……とにかく、わたしはちゃんと、やるべきことはやるつもりですから、寧音さんは」
「ネオン」
「……ネオンさんは、とにかく……わたしの言う通りにしてください」
「イヤだっ!」
「元気良く否定された⁉」
「ふーんだ」腕を組んでむくれるネオン。「言っとくけど、私別に、あなたのことを信用してるわけじゃないんだから! そこのところ、ちゃんと理解してくれないと」
「いや、昨夜はわたしの家に泊まったじゃないですか」
「そりゃ、公園で寝るよりは良いと思ったからで……お風呂もご飯も、感謝してるけどさ……それとこれとは別!」
「別……」
冷凍パスタを二袋食べた寧音、風呂が熱いと文句を言う寧音、何か掴んでないと眠れないからとベッドに入り込んできた寧音……昨日のそんな彼女の姿を思い出す。あれで信用されてないは無理があるかと思うが……(そういえば、彼女がステッキを振ると、魔法少女の衣装は解除され、街中で見かけるような女児服に変わった。魔法少女であること自体は、やはり本当のようだ)。
わたしの懐疑的な目線からぷいと目を逸らし、寧音が言う。
「そもそも私、記憶を取り戻したいなんて、別にあなたにお願いしてないし」
「え?」
「何も覚えてないって話をしたら、トバリの方から急にぐいぐい来るようになっただけだし」
「そうでしたっけ?」
「私がお願いしてるのは……最初からずっと、魔法少女の仲間になることだけなんだから……そうだ、トバリの衣装をね! 朝から考えてたの、それでね」
「今日の予定についてなんですけど、まずは——」
「こら! スルーしないっ!」
半ば無理矢理の形で、ネオンがスケッチブックを見せてくる。紙いっぱいに鉛筆で描かれた単純な線の女の子。髪の部分が輪郭だけで中が塗られていない辺り、これはわたしなのだろうか。服装はドレス風で、腰から下は燕尾服のように分かれている。露出はほとんどないものの、外で着ればかなり目立つ造形だった。
……これ着るの? わたしが?
「どう? 結構カッコよくない?」得意げなネオン。「衣装は騎士っぽい感じで、黒多めにしたら……髪の色もあっていい感じになりそうじゃない?」
「はぁ……」
「私がほら……〝赤〟っぽいから、隣にいるのは大体〝青〟が普通なんだけど……まぁいいわ! 別にそうしなきゃいけないキマリなんてないし。それに赤と白ってのもいいじゃない? なんか……お祭りみたいで!」
年末の歌合戦かな?
「うんうん! これは……考えれば考えるほどアリな気がしてきた……! 私たちを見た人たちからも『なんておめでたい奴らなんだ⁉』って言われるに違いないわ!」
バカにされてない? その言い方。
いちいちツッコんでいたらキリがなさそうと判断し、指摘は胸の内に留めておく。
「とにかく、調査は今日からやりますから、外で待っててください。……先生にも見つからないように」
「しょーがないわねー、ま、好きにしなさいよ」
どの口が、とツッコみたかったが……彼女曰く、記憶の手がかり探しはわたしが勝手に躍起になっているだけらしいので、こういう言い方にもなるのだろう。それにしたって、あまりにも自分の正体に頓着が無さ過ぎる気がするが。
「……やれやれ」
たしかに彼女からしたらわたしは、急に世話をかけてくるわけのわからない奴なのだろう。わたしだって、依頼料を取るつもりもなければ、家に誰かを泊めるなんてことをしたのは初めてだったので、前例のないお節介をかけているという自覚はある。
けれど、やっぱり、放ってはおけない。
同じように記憶を失った者としては……〝シンパシー〟を感じざるを得ないのだ。




