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第8話 いよいよですか


 建明と玉蓉の間で気を回転させる修行は、半月にわたって続いた。

 1日の半分をそれに費やし、残りの半分は通天教主による体術や拳法の修行の時間にあてられた。


 修行を始めてすぐ、建明は玉蓉との間に圧倒的な差があることを自覚した。


 玉蓉は静雲山では封妖索をつけたままにしており、一切修行をしていない。狐狸精(ようこ)だと知っていたのは師匠だけだという。


 だが、建明からすればもしかすると師匠より玉蓉の方が上なのではないか、とすら思えるほど、玉蓉の気の扱いは熟練していた。


「そこが妖仙と人間の違うところだ」


 と通天教主が解説してくれた。

 元々獣や器物に過ぎないものが、年経て超常の力を得て、妖仙となる。

 そのため妖仙となった時点で、すでに人間でいえば不老も不死も達成しているというレベルであり、肉体よりも魂魄にその根源があるため、気の扱いも上手い。

 その玉蓉と気を交し力を引き上げて貰ったのである。


 建明はその半月の間に不死に至る前の道士の平均レベル、といったくらいまでに成長していた。

 修行前がほぼ底辺だったことからすると、恐るべき成長の早さだ。


「そろそろ次の段階だな」


 通天教主が天文を占い日と時間を選んだ。


 場所はいつもの円形の部屋だ。

 すっかりこの部屋がふたりの修行場の定位置になっている。


 玉蓉は体のラインが透けて見えるうすぎぬの服を着ている。玉蓉は珍しく緊張して固くなっていし、建明としては目のやり場に困っていた。

 体の抑揚には乏しい玉蓉だが、そのせいでかえって体のラインが透けてはっきり見えてしまう。


 二人の傍らには盆が1つ置かれ、液体の満たされた杯が2つ乗っていた。


「はい、建明」


 玉蓉がそのうちの1つを手に取って、建明に渡してきた。

 中には少し癖のある香りの液体が注がれていた。薬草を浸けた薬酒だ。

 通天教主の力作である。


「うん」


 杯を受け取る時に少し指先が触れて、建明の鼓動が早まった。

 何しろ数十年生きてきて初めてのことである。


 初めてであることについては玉蓉も同じ。2人は今、お互いに初めてのことにガチガチになっていた。


 建明は薬酒を呷った。


 酒による灼熱感と共に、薬草の甘みと苦みが渾然として胃に流れ込んでくる。


「おいしい?」

「意外と」


 玉蓉も自分の分の杯を手に取り、ぐっと飲んだ。


「ほんとだ」


 玉蓉が短く呟いて、会話が途切れた。


(しまった……)


 建明は大きなミスに気づいた。

 一気に薬酒を飲んでしまったら、後がない。


 場を繋ぐためにも少しずつ飲めば良かったのだ。


 痛恨のミスだ。


 まず向き合っているのが良くない。

 緊張感が何倍にもなっている気がする。


 建明はそう考えて、座る位置を変え、玉蓉の右横に座りなおした。


「玉蓉は」


 そしてとりあえず会話だ。

 何か話して気を紛らわそう。


「何かしたいことあるのか?」

「うーん。美味しいものが食べたいな」

「美味しいものか」

「そう。ここのご飯も美味しくないわけじゃないけど、静雲山で、建明が育てて作ってくれてたご飯が一番美味しい」


 玉蓉の右手が賢明の左手に重なり、指が絡まった。

 そこからわずかな気が賢明の方に流れ込んでくる。


 いつもの玉蓉の気よりもずっと熱い。


「また作ってあげるよ」


 建明はこの半月してきたように、玉蓉の気に自身の気を絡めて投げ返した。


「建明が強くなったら、静雲山に戻れるかな?」


 建明と玉蓉の間を、静かに熱い気が巡る。


「張兄さんがなんて言うかなぁ」

「昊天が黙るほど強くなっちゃえ」

「そうだな」


 それもいいな。建明は頷いた。


「ねぇ建明」


 玉蓉が建明の顔を見た。

 建明も顔をそらし続けるわけにもいかない。玉蓉の顔を見た。

 玉蓉の顔は赤く上気している。


「私は、建明が強くなるなら、何でもしてあげる」


 玉蓉は建明の目をまっすぐに見て、そう言った。

 金色の瞳がゆらゆらとゆれている。


(もう、やめよう)


 建明は決めた。

 妹のようだとか何だとか言って、この目から逃げてはいけない。


「俺も、お前に美味しいものをまた食べて貰うために、できることは何でもしよう」


 それを聞いた玉蓉は、かすかに微笑んで目を閉じた。


 建明はその唇にそっと自信の唇を重ねた。

 玉蓉の体をそっと、床に押し倒した。



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