第7話 違くないですか
建明と玉蓉は、円形の部屋の中央で、向かい合って座っていた。
玉蓉は首の封妖索を外し、金色の狐モードだ。
もちろん服は着ている。いつもの服だ。
「まず玉蓉が建明に気を渡せ。ほんの少しでいい。建明は受け取ったその気に自分の気を同じ量だけ絡めて乗せて、玉蓉に返せ。
二人の間で円を描いて気を回し続けろ。
円をゆがめるな。
流れを乱すな。
量を変えるな。
建明は常に玉蓉が流す気の量に合わせろ。玉蓉は建明が上手く気を流せているか見た上で、流れが乱れない最大量を維持しつづけろ」
通天教主が二人に気の回し方を細かく教えている。
(なんか、覚悟したのと違う……)
建明は内心そう思っていた。
その建明の耳元で通天教主が呟いた。
「何か違うと思っているな?」
ギクリ。
「当然だ。これはR-18ではない」
「アールジュウハチとは何ですか教主様」
知らない言葉で説明されても分からない。
「まだ早いと言うことだ。心得のないまま体を重ねても快楽に溺れるだけで修行にならん。せっかくの処女の神性を無駄に散らせるわけにはいかんのだ」
「はい」
ごまかされた気もするが、建明は素直に頷いた。
「大事なのは溺れずに溺れることだ。まずは互いの気の流れだけで交わり、一体になれ」
建明と玉蓉は、通天教主に教わったとおりに気を流し始めた。
建明の体の中に玉蓉の気が流れ込んでくる。
暖かい、輝きすら感じるほどのきれいな気。心地よい流れだった。
建明はその気の流れに自分の気を絡めて玉蓉に返していく。
二人の間で気の流れが正円を描き、回り続けた。
不思議な気持ちよさが体を包んだ。
「そうだ。その調子だ。常にその流れを維持しろ。これができるようになった上ですると、何倍も気持ちいいぞ」
通天教主の言葉で、玉蓉から流れてくる気が動揺して膨らんだ。
その流れに巻き込まれ、建明の気がごっそりと玉蓉の方に持って行かれ、建明を倒れそうになるほどの強い虚脱とめまいが襲った。
巡っていた気が制御を失って散っていく。
「玉蓉!」
通天教主がそれを咎めた。
「お前が乱せば建明は気をお前に奪われて死ぬぞ。お前の方が全てにおいて遙かに上回っておるのだ。何が起こってもお前は乱れるな」
「はい。建明、ごめん。大丈夫?」
「あぁ。大丈夫だよ」
建明は強がった。
体にだるさが残っている。
「よし、ではもう一度最初からだ。建明、強がるからにはやりきれ」
通天教主にはそれもお見通しであるようだった。
建明と玉蓉は、再び気を円にし始めた。
半日ほどそうして気を通わせる修行をしたのち、通天教主は建明に一本の枯れ草を渡してきた。
何かの草が枯れたものであるのは確かだ。
ただ、葉もついておらず、長さも短いため、何の草かまでは分からない。
「これに気を通して花を咲かせて見せろ」
「……枯れてますけど?」
気を通して枯れ草を蘇らせるなど、やったこともないしできるという話も聞いたことがない。
「見れば分かる」
通天教主の目が『いいからやれ』と言っている。
不可能だ、などという言い訳はさせてもらえそうになかった。『できる』ことを確信している目だ。
(やってみよう)
力を借りてとはいえ木の根を伸ばすことだってできたのだ。
これもできないとも限らない。
建明は決めて、枯れ草を手に目を閉じた。
ただ草に気を流し込んだだけでは咲くことは決してないだろう。
通天教主がただやれと放り投げていることからして、複雑な術構築が必要なわけでもなさそうだ。
建明は頭の中で花をイメージした。
青々とした茎。葉を何枚も広げ、葉脈の一本一本に至るまで細部のイメージを作っていく。
花は菊。
色は赤。
玉蓉が好きな色だから、静運山でたくさん育てられ飾られていたものだ。
これまで何千本と育ててきた。
建明の頭の中に完全な菊のイメージができあがった。
花の香りさえ感じるような気がした。
「建明、目を開けてみろ」
通天教主が言う。
建明がそっと目を開けると、手の中に赤い菊の花が一輪あった。
それは頭でイメージした通りの菊の花だった。
香りも気のせいではない。実際に菊の花の香りがしていた。
「うそ……」
建明はまず自分が信じられなかった。
さっきの枯れ草が本当に花になったのだろうか。
玉蓉に目を向けると、玉蓉は小さく頷いた。
「すごいよ、建明!」
建明が改めて手元の菊を見ても、完璧な菊だ。
植わっているのを今折ってきたかのようなみずみずしさだ。
「それがお前の力の本質だ。生まれ持っての性質と、これまでの修行と生活の果てに備わった、お前だけの仙術。まぁもっとも、ここから磨いていかねば花を咲かせるくらいしかできない力だが」
「菜園で草木を育てることだけ、というわけですね」
建明は自嘲した。
だが、同じ事を言っていても、通天教主の言葉は遙かに優しかった。
「そうだとも。だが草木こそ世界を構成する5つの要素の1つ、木行そのものだ。5行の1つを極めることは、すなわち仙術を極めることに等しい」
建明は改めて手元の菊の花を見た。
大輪の菊。
鮮やかな燃えるような色は建明を励ましているようにも見えた。
「極めることが、できますか」
一度は諦めた。
「見込みのない者に、私は声をかけん」
通天教主の声は、淡々と希望を語っていた。
これはR-18ではない。
大事なことなので二度言いました。