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第6話 修行ってなんですか


 修行の場、として建明と玉蓉が連れてこられたのは、東の海上に浮かぶ孤島だった。


 通天教主が乗騎にしているという巨大なおおとりにのって飛ぶこと1時間。仙術を修めた妖鳥による飛翔であるから、距離にしてどれほど飛んだのかは想像もつかない。


 鳳は島に一つある大きな山の中腹に降り立った。切り立った岩が屹立している崖の上である。


「教主様、ここは?」

岱輿たいよ。かつては神仙が遊ぶ神山の島だったが、土台の支えを失って海に漂流し、今では妖魔妖仙だけが棲んでいる」


 目で見た島の海岸線はかなり距離があり、島全体が大きいことが感じられた。


「下界に続く門もなく、知らなければ決してたどり着けぬ。外から訪れる者もほとんどない。修行にはうってつけの場所だ」

「専念できる、というわけですね」

「そうだ。建明、お前は修行のこと以外は考えるな。行うな。身の回りのことはすべて玉蓉にやって貰え」

「任せて!」


 玉蓉が元気よく手を上げた。

 玉蓉は、『私にできることはやる!』と早々と宣言して修行に付き合ってくれるそうだ。

 本当にありがたいことだ、と建明は思っている。


「さっそく修行に入る。ついてこい」


 そう言って通天教主は、すぐそばの斜面にぽっかりと空いた洞穴の中に入っていった。

 建明と玉蓉もその後を追って洞窟に入った。


 洞穴の中は広く、いくつかの部屋に分かれるようにスペースが整えられていた。

 風通しは良いらしく、ジメジメした感じはしない。


 洞穴の奥で、一人の青年が座って本を開いて読んでいた。

 青年は通天教主らが入ってきたことに気づいて、本を閉じ、立ち上がった。


「師匠、おかえりなさい!」


 青年はぱっと通天教主の元に駆け寄り通天教主が羽織っていたマントを受け取った。

 青年はマントを手早く折りたたんだ。そうしてから建明達に視線を向けた。


「師匠、この人達は?」

「姜建明と己玉蓉。客だがもてなす必要は無い」

「わかりました。俺は通天教主様の弟子、月青玉(せいぎょく)というものだ。よろしくお二人さん」


 青年、月青玉はそう名乗った。


「お前を弟子と認めた覚えはないぞ」


 通天教主はそう言いながらも、浮かべる表情は柔らかい。


金鰲島きんごうとう碧游宮へきゆうぐうに転がる小石にすぎなかった俺が、長年師匠のおそばにいたことでついに妖仙となったんすから、これはもう弟子と言って良いはずっす」


 青玉は胸を張っている。


「とまぁ、見ての通り世話係にすぎないのだが、弟子を自称している困ったやつだ」

「そうなんすよ。師匠ったらもう弟子を取らないって聞かないんすよ。だからお二人さんも、師匠の弟子になるのは諦めて帰った方がいいっすよ」

「俺たちは弟子になりに来たんじゃないよ」

「そうなんすか。じゃあ何しにきたんすか」

「鍛えてもらいに」


 がーん、という音が聞こえた気がした。


「ず、ずるいっす! 師匠、俺も俺も!」

「与えていた課題は終わったのか?」

「むりっす。あれ難しすぎてわかんないですよーぅ」

「ならばまだ千年は早い。まずはその『華胥(かしょ)八卦(はっけ)本世経(ほんぜいきょう)』を修めてからだ」

「はぁい」


 青玉は不満げながら先ほどまで座っていた場所にもどり、読んでいた本を再び開いた。


「お前達はこっちだ」


 建明と玉蓉は、通天教主に続いて洞窟のさらに奥に向かった。


 洞窟の中は、良く整えられていた。

 壁は土壁が塗られていて、ところどころに光る球が掲げられ明るさも確保されている。


 いくつも扉があり、その数だけ部屋がある。


 建明達が連れてこられたのは、そうした部屋の一つだった。

 まんまるの円形の部屋で、中央には獣の毛皮が敷物として敷かれていた。


「さて、建明。最初にはっきり言っておくが、普通に修行をしたのでは、お前にはまるで見込みがない」

「……分かってます」


 今更言われるまでもない。


「だがそんなお前が、唯一、驚天動地の進化を遂げる方法が一つだけある」


 建明は頷いた。それが知りたくて通天教主についてきたのだ。


「房中術だ」

「ぼ、房中術……!!」


 建明にはそういう技法がある、ということのみしか知識が無い。

 男女が『寝る』ことで気の質量を高める修行法。闡教せんきょうでは、夫婦の間でのみ行うこととされている術だ。


「陰と陽をそれぞれ宿す男と女が和合することで太極となし、気の質、量、扱い方の全てを一気に高めることが可能となる」

「とはいっても、誰―――」


 誰と、と聞こうとして、建明は気づいた。


 なぜ通天教主は玉蓉も連れてきたのか。

 通天教主も、さきほどいた青玉も男。房中術(それ)が可能な相手は、おそらくこの辺りでただ一人。


「む、無理です!」


 建明は叫んだ。


「玉蓉は師匠の娘。それを、そんな、恩を忘れるようなことはできません!」

「なんだ」


 通天教主の顔に失望がありありと浮かんだ。


「皿まで食うと言ったのに、毒すら食えんのか」

「ぐ……」


 建明は確かにそう言った。

 まさかこういう内容とは思っていなかったにせよ、確かに言ったのだ。


(しかし……)


 簡単に首肯することもできない。

 建明にとって玉蓉は男女ではなく兄妹だ。


 建明は悩んだ。

 悩んだために、その斜め後ろで玉蓉が顔を赤くして『私は、建明なら……』と口の中でもごもご言っていることにはまるで気づいていない。


「食うのか。食わんのか。選べ。食わんのなら帰れ」


 通天教主が回答を迫ってくる。


 建明は意を決した。

 建明はまず、玉蓉に向き直った。


「玉蓉」

「は、はいっ」

「俺の修行のために、抱かせてくれ」

「ひとつだけ、教えて」

「なんだ?」

「建明は、私のことどう思ってるの?」

「玉蓉は、俺にとって、大事な」


 建明は真剣に答えた。心の底から、本心を。


「妹だ」

「……」


 沈黙。


「……」


 沈黙は続く。


「……はぁ」


 永遠に続くかに思えた沈黙の果てに、玉蓉はため息をついた。

 服の裾を両手でぎゅっと掴んで、玉蓉は建明の顔を見た。


「いいよ。その代わり、ちゃんと強くなってね」



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