表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/32

第5話 あなたはだれですか

 妖魔は死んだ。


 ようやく理解が追いついてきて、建明はその場に膝をついた。


 自分でやったとはとても思えない。

 ほとんど全て、力を貸してくれたその男の力のおかげだ。


 自分の力不足が痛感させられる。


「嘆かわしいことだ」


 先ほどの男の、沈痛そのものといった嘆きの声があたりに響いた。


「曲がりなりにも仙界で修行をした道士が、あの程度の劣弱な妖魔に手も足も出んとは。嗚呼、仙界の令名も廃れきったな」


 建明は声の主を探し、周囲を見回した。


 いた。


 臙脂色のマントを羽織った壮年の男だ。長いひげを編み込んで垂らし、顔には多くの経験がしわとなって表れている。


 一目見ただけで、その男が仙人として頂点にあることが建明にも分かった。

 崑崙十二大師の長、元始天尊にも匹敵しようかというほどの膨大な気の凝縮。それでいて体を巡らせる気の運行には全く乱れるところがない。


 男はゆったりと、しかし全く警戒した様子もなく、建明に歩み寄ってくる。


「沈黙しておらんで、何か言うことは」

「……助けていただき、感謝します」


 建明は膝をついたまま頭を下げた。


「うむ。その感恩に免じて治してやろう」


 男は懐から符を一枚出すと、建明に投げつけた。

 符は建明の額に張り付き、そこから暖かい物が体中に流れた。


 痛みが引いていく。

 右手と右足の、妖魔によって貫かれた跡も、血が止まり、肉が盛り上がり、たちどころに治っていった。


 全ての傷が塞がり、痛みもなくなったところで、建明は符を額から剥がした。


 建明は、自分を助けてくれた男に対して深く腰を折り、自己紹介をした。


「改めて、助けていただき感謝いたします。私は静運山靂日洞にて道を学びましたが、先日ゆえあって洞府を放たれました。姜建明と申します」

「姜道士。人に仇なす妖魔を祓わんとするその志は良い。しかし足らないものが多すぎたな」

「返す言葉もありません。貴方様がいなければ、私は妖魔の腹の中に行っていたでしょう」

「で、あろうな」

「この恩を忘れぬ為に、お名前をお教えいただけますでしょうか」


 いずれか名高い大仙人に違いない。

 建明はそう考えていた。


「通天教主」


 建明は息をのんだ。


 通天教主。

 仙界の頂点である元始天尊、太上老君に並ぶ大仙人だ。


 殷と周の戦い、殷周革命において、元始天尊率いる闡教せんきょうが周を助けたのに対し、通天教主は截教せっきょう一派を率いて殷に与し、相争った。

 いわば師匠達のかつての敵の領袖(リーダー)である。


 殷が敗れ周が興ってからは、仙界から姿を消しているという。

 もう1500年もの間姿を見た者はいないという話だ。


かたりだろうか)


 建明はそうも思ったが、誰かが誰かを騙るにしても、通天教主を騙るのは別格過ぎて得策とは思えない。


 それに目の前のこの男は、気の量と質において並の仙人のレベルを超越していた。


「どうした、われを知らんか」

「いえ、存じております。長らく姿を隠されていると聞いていたもので」

「ああ。われが表に出たところでろくなことにはならんからな。かつてのように弟子を殺し尽くされるのが落ちよ」


 通天教主はくく、と自嘲気味に笑った。

 建明はコメントできない。建明もその『殺し尽くした側』である闡教せんきょうに属していたのだ。


「通天教主様は、なぜ私を助けたのですか」


 建明は疑問の核心を突いた。


「数日前の夜、この近くの山に強い妖仙の気を感じた。その後ずっと、千里眼でお前達を見続けていたのだ」


 妖仙。


(玉蓉のことだろうか)


「あぁ、心配するな。われは妲己とは共に騎獣を並べた仲だ。妲己を追っているのは、闡教せんきょうの連中だけだよ」


 通天教主は建明の心を読んだかのようだ。


「お前、強くなりたいか」


 通天教主が尋ねてきた。


「はい」

「強くしてやろうか?」

「……それは、弟子になれと言うことですか」

「そうではない。われの弟子になったものは皆死んだ。これからも死ぬだろう。きっかけを与えるだけだ」

「なぜ、そうしていただけるのですか」

闡教せんきょうを放逐された者が、仙道を究め名を上げたら、面白いだろう!」


 通天教主は両手を広げた。

 昏い執念を感じさせる壮絶な笑みを浮かべている。


われのささやかな意趣返しだよ。さぁどうする姜道士。強くなるために毒を食らう覚悟はあるか?」


 建明は深呼吸を一つして、心を落ち着かせた。

 返答はもう決まっていた。


「皿ごと食わせていただけるのなら」


 イエスだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ