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第31話 終わったんですか

 

 勝った。


 建明は右手を掲げ上げ、痺れるような震えがくるのを感じていた。


 強敵、などという言葉だけでは表せない相手だった。

 淑蘭が勝ちに徹しなかったからこそ建明は勝てた。全力をぶつけ合う、戦士のように戦ってくれたからこそ建明は勝つことができたのだ。


 建明に力を発揮させずに勝つ機会は、淑蘭には何度かあったに違いない。

 建明の目の前で、太極図によって淑蘭が復元されていた。

 光が人の形を取り、晴れて、生気が宿った。


「ふう」


 淑蘭が一息吐いた。


「私の負けか」

「あぁ、良い戦いだった。ありがとう」

「良い戦いだったな。私は今持てる力の全てを尽くして、負けたのだ」

「俺も、今持ってるもの全部、いやそれ以上出してなんとか勝てたよ」


 淑蘭が微笑んだ。


「おめでとう建明殿。これで玉蓉も助かる」


 淑蘭も嬉しそうだった。


「あぁ。そっちの方は大丈夫か?」

「何が……あぁ、心配してくれるのか?」

「まぁね」


 淑蘭が負けて喜んでいては、わざと負けたという噂が立ったりしないだろうか。


「案ずるな。私が手を抜いたかどうか分からぬ師父達ではない」

「それはよかった」

「さて、勝者には観客の賞賛に応える義務があるのではないか?」

「そうだな」


 建明は、客席を見た。

 観客の全員が歓声と、惜しむことない拍手を建明に送っている。


 建明はゆっくりと見回しながら、手を上げて歓声に応えていった。

 建明の目が、玉蓉を見つけた。

 騒ぎながら、惠と背中をたたき合っている。その横で青玉が満足そうに拍手をしていた。きっと、それでこそ通天教主から教えを受けた者だ、とか思っているのだろう。


 建明の目が、その玉蓉の背後で止まった。


 昊天がいた。


 昊天は建明を、いや試合場を見ていない。玉蓉を見ている。周囲の誰もが騒ぐのに夢中で、その異様な様子に全く気づいていない。


「玉蓉!」


 建明は声を上げたが、声は歓声にかき消されて誰にも届かない。






 昊天は、玉蓉を見ていた。

 李仲はじめ弟弟子の全員がいまは投獄されてしまっている。昊天を勝たせようとして、不正を働いたのだ。

 そのこと自体、昊天は試合の後で知った。

 だが、その不正を阻止したのは玉蓉だという。


(すべてこいつだ)


 昊天は恨みのこもった目で玉蓉を見ていた。

 そもそも玉葉が建明を追って山を出なければ、こんなことにはならなかったのだ。

 比武大会に出ることを求められることも、そこに建明が出てくることも、李仲達が不正を働くことも、不正を暴かれることも、昊天が負けることも。


(全部、こいつのせいだ!)


 幸い、周囲の観客はみな勝負の結果に熱狂している。

 誰一人、昊天を気にする者はいない。


 弟子の不正は洞主の責任。それは仮の洞主である昊天にも適用される。

 それがなくとも、昊天が比武大会で負けた以上は洞主となることはできない。それが玉鼎真人との取り決めだ。


 玉鼎真人は、昊天が負けたことから、昊天が師匠を殺したと言わんばかりの目をしてきている。それは事実ではあるが、証拠もなしにそう見られては我慢がならない。


 もはや仙界にいられないのは昊天の方だ。


 それならいっそ、この恨みを晴らさずにはいられない。いられるものか。

 昊天は、そっと懐に手を伸ばした。






 昊天が何かを懐からだし、振りかぶったのが建明にも見えた。


 短剣だ。

 建明は急いで如意棒の構築を始めた。


 短剣が振り下ろされる。


(間に合わない!)


 その刹那、光が煌めいた。

 昊天の短剣を持つ手と首が断ち切られ飛んだ。


「……」


 その光は、ついさっき何度も見たものだ。

 建明はゆっくりと淑蘭の方を見た。

 淑蘭が莫耶宝剣を振り切っていた。


「なぜ?」


 建明の問いかけに、淑蘭は堂々としていた。

 当然のことをしたまでで理由をわざわざ聞くのか、とでも言いたげだ。


「ここで玉蓉が傷つけられば、我が師父の名は卑怯者と同じ意味になってしまう。我が師父が約束に反したという疑惑自体恥ずべきものだ。それに」


 淑蘭は柔らかく微笑んだ。


「玉蓉には命の恩がある。返せて良かった」


 昊天の死に気づいた周囲の観客が騒ぎ出していた。


 淑蘭のそばに、清虚道徳真君が姿を現した。


「淑蘭」

「師父、干将と莫耶をお返しいたします」


 淑蘭が差し出す二本の宝剣を、清虚道徳真君は渋い顔で受け取った。


「我ら闡教せんきょうにおいて、殺生は厳禁との掟、当然知っていような」

「はい」

「それでも殺さなければならないと考えた理由を述べよ」

「昊天は今大会、数多くの宝貝を持ってきていることがわかっております。その殺意は明らかであり、また、中途半端な手立てではその宝貝を持ち出しての虐殺または逃走が予想されました。従って、玉蓉を助けるには殺すしかありませんでした」

「最後に本音が出ておるぞ、未熟者」


 叱責する清虚道徳真君の声は厳しくも優しかった。


「申し訳ありません」

「これについては追って沙汰があろう。まずはこの場を収めなければな」


 清虚道徳真君が観客席を見た。


 観客の騒ぎは徐々に広く伝播している。

 観客もまた仙道である。

 昊天を殺したのが淑蘭であることは速やかに理解されていた。


『はいはい、諸君。静まり給えー!』


 闘技場アナウンスで孫悟空の声が響いた。




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