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第29話 切り札はこれですか


「よいか建明」


 それは、ある日の通天教主との模擬戦闘の最中のことだった。

 刺されて死にかけ、回復させられた後の短い休憩時間のことだ。


「完全な宝貝などないのだ」


 通天教主の背後に4本の剣が浮かんでいる。宝貝・誅仙四宝剣。建明は今し方それに刺され切り刻まれたところだった。


「例えばこの誅仙四宝剣だが、これのみで使えば、ただの飛剣にすぎない」

「そのただの飛剣にもう百回は殺されかけてますけど……」

「それはお前が弱いからだ。修行を積んだ仙道なら、この程度その辺の剣と変わらん。だがこの剣は、この剣のための特殊な符陣と組み合わせて初めて真価を発揮する」

「はぁ」

「さて、そういうわけで一度体感してもらおうか」

「え?」


 周囲にいつの間にか符陣が完成していた。


「死ぬなよ、建明」





 思い出すだけで身震いする。修行の記憶は大体臨死体験とセットだ。

 符陣と君合わされた誅仙四宝剣は、なるほど符陣なしでは『ただの飛剣』と言われるわけだというほどの地獄を生みだした。たぶん1000回は死にかけた。

 だがその圧倒的な力も、符陣あればこそ。

 全く隙がなく無敵の宝貝など存在しない。それが通天教主の教え。


(ならば莫耶も)


 無敵ではありえない。


 竹林の中に身を隠し建明は走っていた。

 隙間もないほど生い茂った竹だが、建明の進行方向だけかすかに倒れて道が作られていく。


 莫耶の遠隔斬撃。

 対象を斬るための条件が何かあるはずだ。


 淑蘭は最初干将を持って大会に臨んでいる。

 莫耶を奥の手にしておくという意味もあるだろうが、逆でもいいはずだ。それにもかかわらず、まず使うのが干将、5行の力を扱う汎用性の高い宝貝だというところに理由があるだろう。

 すなわち、莫耶では対応できないケースが存在するはずだ。どんなときでも対象を斬れるなら、莫耶一本持って出れば干将よりも汎用性は高く、全て足りる。


「火気顕纏、業火龍!」


 淑蘭が火の龍を呼んだ。火龍は竹を食らいながら飛びはじめたが、すぐに全身を破裂させて散った。火龍が食らった竹が加熱され、節の空間に残った空気と水分が膨張し爆発したためだ。


 焼かれた部分の竹林は、すぐにまた地面から竹が伸び、埋め尽くしていく。

 この竹林の本体は地中にあり、地上部分を何度失っても再び生えてくるのだ。


「刻符!」


 竹林の中の竹の何本かに符印を刻んだ。


「かの者を内に閉ざせ。絶界陣!」


 淑蘭の廻りを天まで届く光の壁が囲った。内側と外側を隔絶する結界だ。

 建明の木分身5体が、竹林のあちこちから跳び上がり、如意棒で淑蘭を狙った。


 莫耶が煌めく。

 すべての木分身が胴を断ち切られ、落ちていった。絶界陣は効果を発揮し続けていた。


(光、視線かな)


 建明は看破した。

 莫耶で対象を絶つには、対象が見えなければならない。


 だからこそ竹林の中の建明は斬れず、絶界陣で隔絶されているにもかかわらず木分身は斬れた。

 竹林に隠れていられる内に勝負をつけなければ。淑蘭のことだ、きっとすぐにこの竹林を破壊する手立てを打ってくる。

 建明は立ち止まり、精神を集中した。

 淑蘭がこの竹林に対応するより先に勝負にでる。


「偽典召填」


 作り出すのは、もちろん切り札。

 雷公鞭。


 淑蘭が地面を蹴って跳び上がった。空高く、試合場を一望するほどの高度だ。


「雌雄連環」


 干将と莫耶をそろえて構えた。


「金気・破軍羅刹斬!」


 淑蘭は二本の剣を水平に払った。斬る対象は竹林すべて。

 干将の羅刹斬による巨大な斬撃を、莫耶による遠距離斬撃に乗せる。


 危険を察して跳んだ建明のつま先を光がかすめた。竹林の全てが切り払われていた。


 空中で、建明は淑蘭を見た。

 淑蘭も建明を見ていた。


 これで莫耶が届く。


「終わりだ!」


 淑蘭が莫耶に力を込める。

 しかしすでに建明の手には完成した雷公鞭があった。


「雷公鞭!!」


 紙一重の差で、先に雷光が落ちた。

 雷龍が淑蘭を直撃し、地面にたたきつけた。


『なんと姜建明も切り札を隠し持っていましたー!!』


 木吒が叫んだ。


『しかも今のは、まさか雷公鞭! どういうことですか太上老君―!?』


 いくつもの目が貴賓席に座る太上老君に向けられた。

 雷公鞭は太上老君が持っているはず。どういうことなのか。


 太上老君は知らない知らない、と首を振っていた。


『違うな』


 疑念を晴らしたのは解説の哪吒。


『姜建明は木気の扱い、しかも成長させ作り上げることに特化している。雷公鞭も同じ木気に属する物だ。やつは雷公鞭を模造してのけたのだろう。実に面白い芸当だ』

『な、なんということでしょう。聞きましたか。私は驚いています。まさかかの雷公鞭を模造するようなことが可能だとは! これは勝負あったか!?』

(まだだな)


 建明は思った。

 とっさに放ったため、力の充填が十分ではなかった。

 この程度で倒せるようなぬるい相手ではない。


 建明はもう一度、雷公鞭に力を込め、天に掲げ上げた。


 とどめの一撃を。


「雷公鞭!」


 もう一度稲妻が降り注ぐ。


「金気顕纏、天衝槍牙!」


 淑蘭の声が響き、地面から大きな金属の槍が伸びた。

 雷光はその槍に落ちて地面へと流れていった。


 建明の手の中で雷公鞭が割れ砕けた。


「師父が戦っていた時の雷は、やはり、お前だったか」


 淑蘭は干将を杖代わりにして立ち上がった。


「まさかと思っていたが、予想していれば案外耐えられるもの、だな」


 淑蘭の顔には切り札を破った満足感が刻まれていた。


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