第25話 遊ばれてますか
棍を手に、建明は門から山頂へと続く石畳の道を駆け上った。
淑蘭の話の通りなら、この先にいるのは崑崙十二大師の一人、清虚道徳真君。
さらには十二大師全員が集まっているという。
建明一人でどうにかできる布陣ではない。
全員との対決は避けなければならない。建明を待ち構えているだろう清虚道徳真君については、不意を打つ一撃で一気に勝負を決めるしかないだろう。
そのうえでこっそり玉蓉を救い出す。
「偽典召填」
建明の術に答えて、棍が黒く染まった。偽典・如意棒による神速の伸展攻撃。十二大師相手でも効く可能性があるのは、まずこれだろう。
切り札になり得るものはもう二つあるが、どちらも不意打ちには向かない。
(姿が見えた瞬間にたたき込む)
建明はそう決めた。
清虚道徳真君は堂々と待ち構えているだろうと思われた。淑蘭をあれだけまっすぐ育て上げた男である。
超格下といっていい建明相手に姑息な手を使うことはないだろう。
少し先で上り坂が途切れているのが見えた。
その先が平らになっているのだ。
建明は跳び上がり、一気にその場所を見下ろした。
開けた広場だ。森の中にぽっかりと丸く石敷の広場が設けられている。
その中央に、いた。
「伸びろ!」
人がいる、と認識した瞬間、建明は如意棒を伸ばした。
刹那の間も置かず如意棒が伸びていく。
(当たる)
と思った瞬間、その老人の姿がぶれ、如意棒が地面を穿った。
よけられたのだ。
老人の手が、ゆっくりと腰の剣を抜こうとした。
建明は如意棒を戻し、再び伸ばしながら、今度は縦に振り下ろした。
剣が煌めいた。
刃と棍が正面から打ち合った。負けたのは棍。如意棒が途中から断ち切られた。
建明は広場に着地した。
如意棒は既に元の長さに戻っているが、その先がすっぱりと斜めに切られている。切り口から全体へとヒビが走り、砕け散った。
「ま、本物には及ばんな」
老人、清虚道徳真君は抜き身の干将を手にたたずんでいた。
初手を防がれて建明は迷った。
「迷っておるなら、こちらからゆくぞ」
清虚道徳真君が剣を構えた。
「水気顕纏」
干将が秘めた力を発揮し、刀身が淡く青く輝いた。
「海龍斬」
干将の刀身から水の龍が生じ、建明に襲いかかった。
「繰木式・盾林!」
何枚もの木の盾壁が一斉に立ち上がった。
水の龍は、木の壁に阻まれ、散った。たとえ清虚道徳真君の攻撃とは言え、木は水を吸い上げ力にする。対処の容易な属性だった。
「土気顕纏」
清虚道徳真君がふわりと飛び上がり、干将を振りかぶった。
「鬼岩槌」
今度は干将の刀身から岩が生じ、大きな石の槌となった。
「盾壁!」
振り下ろされる槌を建明は木の壁で防いだ。衝撃を受けて木の破片が散るが、壁を打ち砕くには至らなかった。
「なるほど、この程度なら防ぎきれるか」
「まぁ、ね」
(なめているのか、清虚道徳真君!)
建明が木を使うことはとっくに知っているはずだ。それにもかかわらず、清虚道徳真君は建明が容易に対処できる相性のいい属性を選んで用いてきている。
事実、それで助かっている。
木行が一番苦手とするのは金行、金属だ。金属の斧が木を切るように、木気は金気に弱い。
(それとも、土と水しか使えないのか?)
建明は考えた。
相手の宝貝の能力がどのようなものかは、戦いで最も重要だ。何ができて何ができないのか、丸裸になってしまえば対策が立てられる。
(いや、それはないな)
建明が木を使うと分かっている以上、苦手属性しか扱えない宝貝は用意しない。
淑蘭が惠救出を知らせるときに使ったのは雷。雷は木気に属する力だ。木、土、水の3つが使えて残りが使えないとも思えない。干将は5行すべて扱える、と思っていた方が良さそうだ。
つまり、清虚道徳真君は余裕を見せつけてきている。
そう断ぜざるを得なかった。
「じゃあ、次は俺の番でいいかな?」
建明が確認したのは、時間稼ぎのためだ。
「よい、待ってやろう」
言質は取った。
建明は確実に、時間をかけて術を構成した。
使うのは、もう一つの切り札。
建明が今取ることのできる攻撃手段のなかで、最も強力な一撃。
孫悟空が『毛を焦がすくらいできるかもな』と評した奥の手。
「偽典召填」
建明の手に、短い棒が握られた。
建明は偽典に気を込めると共に天高く掲げ、その名を宣言する。
「雷」
一瞬で空を黒い雲が覆い尽くした。
「公」
建明が振るおうとしているものの正体を察して、清虚道徳真君が目を見開いた。
それは太上老君が誇る、仙界最強の攻撃能力を持つ宝貝。
その偽典。
「鞭」
建明は雷公鞭を振り下ろした。
雷鳴が轟き、天から降り注ぐ光が龍となって清虚道徳真君めがけて走った。
「ぐ!」
清虚道徳真君は、雷を干将で受け止めている。しかしそれも一瞬。電撃が清虚道徳真君を灼いた。
白煙が舞い、清虚道徳真君の姿を隠した。
建明の手の中で偽典雷公鞭が砕けた。
(決まってくれ……)
建明は願った。
雷公鞭は目立つ。
すぐにこの場を離れなければ、他の十二大師が集まってくる可能性がある。
かすかに吹く風が煙を押し流していった。
「く、く……」
清虚道徳真君のうめくような、楽しんでいるような声がした。
「まさか雷公鞭とは。恐れ入ったぞ」
見た目にダメージはない。しかし、あふれるようだった膨大な気は確実に減っていた。
(もう一発いけるか……?)
雷公鞭を模造し放ったことで、建明の気もかなり減っている。
残りは心許ない。
そして、もう一度を清虚道徳真君がはたして許してくれるか。瞬間瞬間の判断を求められる接近戦に持ち込まれれば、偽典を作っている暇などない。
「金気顕纏」
清虚道徳真君の声が響いた。
やはり金気。
ついに金気。
清虚道徳真君が本気になった現れだ。
「金剛龍波!」
銀色に煌めく龍が建明に襲いかかった。全身を鋼の刃が覆っている。
「繰木式・縛!」
盾では防げない。龍の全身を縛り、動きを止めるしかない。
ツタが鋼の龍の全身を絡めた。
龍の動きが一瞬止まる。
龍が身震いをすると、ツタはズタズタに刻まれ、龍は再び自由となった。
再び、龍が飛ぶ。
建明は、大きく開いた龍の口を正面から見据えた。




