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第23話 月の兎なんですよ


 比武大会は、3日間かけて行われる。


 1日目は予選と一回戦、二回戦。

 2日目は中一日の休みで、集まった観客達は旧交を温め合う。

 そして3日目に決勝戦が行われるのだ。


 二回戦を勝ち抜いた建明には、大会から宿泊場所が提供されていた。


 玉蓉に何があったのか。

 惠に聞いても、


「術で眠らされてて、目が覚めた時にはもう……」


 ということで全く分からない。


 建明達は重い雰囲気のまま宿泊場所に案内され、休むことになった。


 宿泊場所と言っても、寝床があるだけだ。食事などは自分で用意しなければならない。


 建明が早々に部屋に引きこもってしまったので、青玉と惠が食事の用意をすることになった。

 青玉が鍋に食材を放り込んで煮込んでいると、惠は何かをこねてまんじゅうのようなものを作り始めた。


「惠、それ何?」


 青玉が緑色したそれを不思議そうに眺めた。


「見て分からないの。草まんじゅうよ」

「草……」


 青玉の顔に『おいマジかこのウサギ』と字が出た。


「ちゃんと人間にも食べられる草だから大丈夫だってば!」

「美味いのか?」

「あまりのおいしさにイチコロで私に惚れること間違いなし」

「惚れ薬でも入れた?」

「あれば入れたけど、残念ながらなかった」

「それはよかった」


 会話が途切れて、ぐつぐつと鍋が煮える音だけがした。

 沈黙に耐えられなかったのは青玉だ。


「お前、よく元気だな」

「そうね。まぁ、責任を感じていないかと言えば感じるけど、考えても仕方ないじゃない」

「それで割り切れりゃ楽だよ」

「ふふ。それに考えてみれば、今が私にとって最大のチャーンス!」

「何の?」

「傷心の建明様。それに尽くす私! そして建明様は心の寂しさを紛らわすために私を……! あぁ!!」


 惠は一瞬で自分の世界に入った。


「だめです、建明様……。私は玉蓉の代わりじゃ……え? 実は私の方が? ああ嬉しい……!」


 と惠は体をくねくねさせている。

 青玉はあきれた。


「はいはい、せいぜい頑張ってくれよ」


 とてもそのノリにはついていけない。

 青玉は惠を放っておいて料理に専念した。

 そうしていると少し気が紛れた。


 できあがった料理は、建明の分は惠が持っていくことになった。

 惠は、建明の分と自分の分の2人分を持って建明の部屋に向かった。


「建明様、ご飯ですよ」


 建明は、部屋の隅で壁によりかかって座っていた。

 惠は建明の目の前にトレーを置き、自身は建明と向き合うように座った。


「食べましょう」

「ああ」


 建明は応えるが、手が動かない。

 惠はしばらくその様子をじっと見ていた。


「……建明様」

「何だよ」

「私、実は誰にも言ってない秘密がありまして。知りたいですか?」


 建明は答えなかった。

 知りたいとは全く思わないが、はっきりそう言うのを躊躇っているといったようだった。


「知りたいですか?」


 惠は重ねて押した。


「わかったよ、知りたい」

「実は私、耳だけじゃなくて鼻もいいんです」

「……それで?」

「目が覚めた時には玉蓉がいなくなってたことは本当なんですが、玉蓉の血のにおいはありませんでした」


 建明がようやく惠を見た。


「淑蘭にも、玉蓉の血のにおいはついてませんでした。あったのは淑蘭の血の匂いだけ」

「淑蘭が嘘を言っていると?」

「ほぼ、間違いなく」

「何のため……俺と決勝で戦うためか。すると、まさか」


 建明がたどり着いた答えに、惠は頷いた。


「玉蓉は生きてる。それならどこにだ?」

(淑蘭は『捕らえようとしたら』と言った。そこは完全に嘘ではないだろう)


 建明に、停滞していた思考が戻ってきた。


(捕らえたらどうする? 牢屋に入れるだろう)

「惠、闘技場の辺りに事件以後玉蓉がいる匂いはするか、わかるか?」

「さっき食材買いに外出た時にはもう匂いが薄れてきていたのでいませんよ。どこかに去ったんだと思います」

「そうか」


 建明は再び考える。

 捕らえた玉蓉を連れて行くとすれば、どこだろう。なんのためだろう。


「……泰山だ」


 建明は答えをはじき出した。原則として殺生が禁じられている仙界では、やむを得ない場合を除いて処刑も同様に控えるべきものだ。


 その例外が泰山。

 仙道に対する処刑は、冥界の神である泰山府君が君臨する泰山において行うこととされている。殺すのではなく冥界に送るのだ、と言う論法だ。


「玉蓉は泰山にいる」


 建明は立ち上がった。


「ここから泰山までは優れた騎獣なら数時間でつく距離だ。あそこなら、裁判も、処刑も全部できる」


 むしろそれ以外はあり得ないように建明には思えた。


「どうやって行くつもりです?」


 惠の指摘に、建明は一瞬固まった。

 建明には騎獣がない。自分の術と足では何日もかかるだろう。


 惠がため息をついた。


「私に乗ってってください。ご存知の通り私ウサギですから、かなり速いですよ」

「いいのか?」

「もちろんです!」


 言いながら惠は目の前の草まんじゅうを1つ頬張った。


「それじゃ出発する前に、少しは腹ごしらえしといてください。この草まんじゅう、私の自信作なんで」


 惠は建明に草まんじゅうを手渡した。

 濃い緑色をした大きなまんじゅうだ。建明は一口かじってみた。


「美味しいですか?」

「……うまい」


 苦みはなく、青い爽やかな香りが鼻に抜けていく。真ん中に入っているのはいろいろな野菜でつくったジューシーで甘みのある餡だ。

 口の中でとろりと旨味が広がって、体に染み込んでくるようだった。


 建明は残りの食事を流し込むように食べきったあと、惠と一緒に外に出た。


 そこで惠が人の姿からウサギの姿に戻った。


 大きな白いウサギだ。

 子牛ほどの大きさがある。大きさだけがウサギというイメージからほど遠いが、たれた長い耳、愛らしい赤い瞳はとてもウサギらしい。


「さ、乗ってください!」


 建明は惠に促され、その背、首の辺りに乗った。


「ちゃんと掴まっててくださいね」


 そういって惠は、地面を蹴って空に飛び出した。

 惠の足が宙を蹴って更に空高く上がっていく。


 すぐに闘技場が小さくなっていった。


「速いな」

「まだ普通に走ってるだけですよ。建明様、泰山ってどっちです?」


 建明は空を見て、方角を確かめた。


「あっちだ」

「はーい」


 惠は建明が指さした方に向かって空を駆ける。


「どれくらいかかる?」

「行ったことないんでわからないですけど、急ぎたいですよね?」

「あぁ」

「任せてください」


 自信満々に、惠は体を巡る気に集中した。

 『使うべき時が来たら魂が教えてくれる』

 惠の母の言葉の通り、惠の脳裏にひとつの術の構成が思い浮かんでいた。


 気を巡らせ、魂を削り、術を編む。


岱輿たいよの白ウサギの全身全霊、お見せいたしましょう!」


 月からこちらに来るために使われ、いつか月に帰るために使われるだろう術。

 無限の距離を1にして駆け抜ける秘法。

 たとえ那由他の彼方にある地でも、間を縮め(ワープし)てしまえばすぐ目の前にあるに等しいのだ。


 建明を一秒でも早く泰山に届けるために。


 術が編み上がった。


「縮地神行術“飛天月兎”」


 周囲の景色が消えた。

すみません1話増えました!


それでは改めて。


あと9話です!

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[良い点] 一話増えた!
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