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第20話 それって外道ですか


 その場所は、闘技場から少し離れた場所にある、小さな東屋あずまやだった。

 建物の入口に男が一人、座り込んで見張りをしている。


「いた」


 物陰に隠れてその様子をうかがい見た玉蓉が呟いた。


「間違いないか?」

「毛林海。静運山の道士だよ」

「なるほど、なら間違いあるまい。それで、どうする?」


 淑蘭は作戦を尋ねた。腰の剣、干将に手をかけている。乗り込んで切り伏せるなら、これの出番だ。


「私が話すよ」

「聞く相手なのか?」

養父様とうさまのところで修行した人たちだもの、信じたい」

「わかった」


 玉葉が物陰から出て、淑蘭もそれに続いた。

 すぐに林海が気づいた。


「玉蓉様!?」

「やぁ林海。中に誰が?」

「李兄です」


 李仲のことだ。彼は霹天士の2番弟子にあたる。


「話せる?」

「ちょ、ちょっと待っててください」


 林海は慌てた様子で中に入っていった。

 すこしして出てくる。


「どうぞ」


 玉蓉と淑蘭は東屋の中に入った。

 林海はそのまま外で見張りをするようだった。2人の背後で扉が閉まった。

 東屋の中は1部屋になっていて、10人の道士が入ってきた2人を囲うように立っていた。


 正面に李仲。

 玉蓉は目で惠を探すと、その姿を隅の角に見つけた。縛られていて、その上に符で動きを封じられ、眠らされているようだ。


「李仲、自分たちが何をしているか分かってるの?」

「もちろんです、玉蓉様」


 険しい目をする玉蓉と対照的に、李仲は全く余裕を保っていた。


「分かってない。すぐに惠を解放して」


 李仲は視線を淑蘭に移した。そして、


「いやです」


 と言った瞬間、2人を囲っていた10人の道士が懐から一斉に符を取り出した。


(話す気など全くないな!)


 淑蘭はとっさに干将を抜こうとした。


 しかし、干将に手がかかるよりも符が効果を発揮する方が速かった。


『衆合縛仙陣!』


 10人の声が唱和した。

 符陣の力が淑蘭と玉蓉の自由を奪った。


「く!」


 淑蘭は符陣を破ろうと力を込めるが、びくともしない。


「10人がかりなうえに宝貝で強化した符陣は、さすがの”麗剣天花”も動けないのでは」

「どうかな?」


 淑蘭はそう言いながら、気を集中させていく。

 一気に破れないなら時間をかけて破るまで。封じられた気の働きを1つずつ、少しずつほどいて巡らせていく。


「えぇ、それでも貴女なら少し時間をかければ破れるでしょう」


 李仲は縛仙陣の中に足を踏み入れた。対象に指定されていない李仲は縛仙陣の影響を受けない。


「そこで」


 李仲は淑蘭の腰から干将を引き抜いた。


「こうしておこうと思う」


 李仲は干将を振るい、淑蘭の右手首を切り落とした。

 切り落とされた手が床に落ちる。流れ落ちる血がその手を濡らしていった。


「さすが紫陽洞の至宝。すばらしい切れ味だ」

「キサマ……」


 淑蘭が李仲を睨んだ。

 淑蘭はかろうじて動かせるようになった気を総動員して傷口に集め、止血をしている。


「止血をしては、陣を破る方には力を回せないだろ?」


 李仲はさらに、干将を逆手に持ち替えると、淑蘭の左腿に突き入れた。


 淑蘭は歯を食いしばって悲鳴を上げそうになるのをこらえた。


「これでよし」


 李仲は満足そうに縛仙陣から出ていった。


「李仲、貴方!!」


 玉蓉がその背に怒りをたたきつけるが、李仲はなんともない様子で振り返った。


「まさか荆淑蘭も来るとは思わなかったが、これで張兄の優勝は決まったようなもの。玉蓉様、役に立っていただいて感謝します」

「ふざけないで。なぜこんなことを」

「わざわざ説明が必要ですか?」


 李仲はこれ見よがしに首をかしげた。


「必要なのは確実な勝利なんですよ。正面から戦っても張兄が負けるとは思いませんが、どんな隠し球を持っているかしれたものじゃない。我々はこの大会で優勝してもらわなければならないんです」

「このようなことをして無事に済むと思っているのか」


 淑蘭が言葉を絞り出した。止血と鎮痛との両方をすることで精一杯だった。


「まさか。あなたたち2人がこのことを覚えていれば、たとえ我々の独断としても張兄の失格は避けられないでしょうね。それくらい理解していますとも」


 李仲は含みのある言い方をした。


文皓ぶんこう 、あれを出してくれ」

「はい」


 文皓と呼ばれた男が部屋の隅に置かれた箱から香炉を1つ取り出し、李仲に渡した。


「宝貝『亡録忘香(ぼうろくぼうこう)』。本当に、師父は全く素晴らしい宝貝職人だったよ。この香炉は人の記憶はもちろん、場に残った気の残滓も含めて一切を消し忘れさせることができる」

「李仲、まさか……」

「文殊広法天尊も、普賢真人も、これを見破ることはできなかった」


 李仲の答えは、玉蓉の懸念が当たったことを示していた。


「そう……。貴方が。やはり、貴方たちが……」


 霹天士を殺したのだ。

 玉蓉が目を伏せた。


「なぜ?」

「師父は残念ながら弟子の育成に興味が無い。修行はほとんど我々任せで、工房からほとんど出てこられなかった。それでは我々は寿命をなくす前に寿命が来てしまう。死にたくないんですよ。あとはこの大会で優勝すれば、我々はあの玉鼎真人様から教えを受けることができる。死なずに済む」

「……そんなの、あなたたちの都合じゃない」


 玉蓉には李仲が語った理由が理解できなかった。

 殺す理由としてそれが正当なものだとは決して認められなかった。


「まぁしばらくそうしていてください。張兄の試合が終わり次第、全て忘れて貰った上で、解放してあげますから」


 ギリ、と歯がみする音がした。


「許さない」


 玉蓉の声は低く、李仲はぎょっとした。

 玉蓉には何もできないはず。そのはずだ。なのになぜ背筋に寒いものが走るのか。


「お前たちみたいな者達が養父様とうさまの弟子だったなんて……」


 玉蓉の右手が、震えながら上がり始めた。


「ば、馬鹿な。10人がかりの縛仙陣だぞ!?」


 李仲は思わず叫んだ。

 淑蘭ですら自由を奪われた符陣の中でなぜ、この、修行を全くしていないはずの娘が動けるのか。


「お前らなんかに、建明の邪魔は、させない……!」


 玉蓉の目が金色に変じはじめていた。

 金色の断片が炎のようにゆらゆらと瞳の中で揺れている。

 右手が、少しずつ、少しずつ、縛仙陣の拘束に抵抗しながら自分の首元へと上がっていった。


 まずい。

 李仲は直感した。

 何をしようとしているか知らないが、このまま動かさせるのはまずい。

 止めなければ。


「もっと気を込めろ、絶対に縛り付けるんだ!!」


 李仲の言葉に、縛仙陣を張る道士達が力を込めた。


 玉蓉の手が再び止まった。

 李仲はじめ、道士全員がほっと安堵した。


「この、程度で……!」


 玉蓉はそれでも手を動かそうとしているようだが、動かない。


「この程度の、符陣なんて……!!」


 再び玉蓉の手が動き始めた。

 さきほどよりも遅く、しかし確実に。


 玉蓉の頭髪が根元からじわじわと金色に染まっていく。


「な、なぜ動けるんだ!?」


 道士の1人が悲鳴を上げた。

 恐怖に抗うように、道士達が持てる気の全てを符に注ぎ込み、更に強く玉蓉を拘束する。


「私の、母は」


 玉蓉は意地と共に声を絞り出した。


 玉蓉の手は止まらない。

 強く拘束されればされるほど、反発も強く。

 怒りと悲しみと、想いが渦巻き、力が湧き上がっていった。


「世界の大半を敵に回して、なお屈さぬ大妖怪」


 縛仙陣と封妖索による二重の抑制。

 それをはね除けようとする力が玉蓉の体の中で暴れている。封妖索によって抑えられる上限はすでに超えていた。

 もはやかろうじて爆発を抑えているだけ。


「その、娘の、私が、お前達程度になんか」


 ついに指が、首元の封妖索に届いた。


「縛られる、ものか!!」


 一気に引きちぎる。

 封妖索が抑えていた気が一瞬で膨れ上がり、道士達を縛仙陣もろとも吹き飛ばした。


「くっ」


 李仲だけがその場に踏み留まった。


 その李仲は、玉蓉の姿を見てたじろいだ。


 金髪金眼。

 頭には二つの狐の耳が生え、背後には9本の金色の尾が膨大な気をはらんで揺らめいている。

 金毛は光を放ち、この世の者とは思えないほどの美しさをたたえていた。


「金毛の九尾……だと……!?」


 仙界に生きる者なら誰もが一度は聞いた噂だ。

 『妲己は最後死ぬ前に自身の分身を残した』と。


「まさか、お前が妲己の……!?」


 玉蓉は応えない。

 応えずにただ、金色の瞳で李仲を見据え、口を開いた。


「ひれ伏せ」


 言葉に膨大な気が込められている。

 術と呼べるほど精錬されたものではないにもかかわらず、その気は李仲の気脈に入り込み、強制的に体を動かした。


 李仲は逆らうこともできずその場に平伏した。

 李仲だけではない。

 吹き飛ばされた道士達、気を失っている者まで、気絶したまま一斉に起き上がって平伏した。


 李仲は言葉が出ない。

 命じられたこと以外の動作の一切ができない。

 しようという気持ちさえ起こすことを許されない。


 ただ伏して命令を待つことしか許されない。死ねと命じられれば、この体は間違いなく喜んで死ぬだろう。


(おそろしい……)


 李仲は、開けてはならない禁断の箱を開けてしまったことを知った。


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