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第19話 卑怯じゃないっすか


 淑蘭は自らの第1試合に臨んでいた。

 対戦相手との距離は20メートル。相手が淑蘭の剣を警戒しての距離だ。

 

 互いに武器を構えている。

 淑蘭は剣。相手は金属の鎖のような武器だ。


「はじめ!」


 鐘がなった。


 同時に淑蘭は相手との距離を一瞬でつめ、対戦相手の心臓を突き貫いた。

 まだ試合開始の鐘の残響すら収まっていない。


 司会も実況も、観客も、試合相手さえも置き去りにする瞬殺であった。


 淑蘭はこの大会のため、清虚道徳真君からひとつの宝貝を預けられていた。清虚道徳真君の洞府である青峰山紫陽洞に数多くある秘宝の中で、特に際立った至宝のひとつ、宝貝『干将』である。


 干将は、十二大師の宝貝にふさわしい力を秘めているが、ただの剣としてみても仙界随一の剣である。

 強度、切れ味、扱いやすさ、どれをとっても超一級だ。


(他愛ない)


 他の参加者の中で、淑蘭が気にしているのはただ一人だ。

 通天教主が技を教えたというあの男、姜建明。


 今更のように観客が大騒ぎしているが、淑蘭はそれに応えることもせずに試合場を去った。当たり前の勝利に賞賛されるほどの価値はないと思っていた。


 淑蘭は控え室によらず、そのまま観客席の方へと足を向けた。


 一回戦が全て終われば休憩が挟まれる。淑蘭の次の試合まではそれなりの時間があった。


 貴賓席に師父、清虚道徳真君がいる。師父から見て建明の戦いはどうだったか、一刻も早く聞いてみたかった。控え室では試合場の様子が見れないのだ。


 選手と関係者以外立ち入り禁止の区画から出るところで、係員と男がもめているのが目に入った。


「だめだ、怪しい者を入れるわけにはいかない」


 係員がその男に言っている。


「怪しいかどうか建明に確認してくれっす! それさえ駄目だって言うっすか!」


 何か切迫している雰囲気を察して、淑蘭はその男を見た。

 見覚えのある男だ。


(たしか、建明と一緒にいた男か?)


 疑問符をつけたのは、男の顔が怪我で腫れていてよく分からなかったからだ。体もあちこち怪我をしているようだ。

 係員もそれが怪しいと思っているのだろう。


 良くない胸騒ぎがする。

 突き止めなければならない義務感を感じて、淑蘭は係員の方に行った。


「どうしたのだ?」

「あ、これは荆道士。この男が姜道士に大事な話があるというのですが、内容を聞いても言わないし、入れるわけにはいかないと困っているのです」

「そうなのか。そなた、たしか一度会ったな?」


 淑蘭は男に聞いた。

 男は頷いた。


「俺は月青玉。『師淑』の弟子っす」


 青玉は通天教主の名を伏せた。淑欄にはそれで通じた。


「大事な用と言うが、ここで言ってくれるわけにはいかないのか?」

「駄目す」


 青玉の目はかたくなだった。

 拳を強く握って震わせている。


「わかった。なぁ、私が一緒に連れて行くから、入れてやってくれないか?」


 淑蘭は係員に確認した。


「荆道士がそう仰るなら」


 係員は折れた。


「ありがとう。さ、青玉。行こう」

「あ、あぁ」


 青玉が歩き始めたが、右足を引きずっている。


「大丈夫か、手を貸そう」


 淑蘭は青玉に断る間を与えず、肩を貸して支えた。


「え、あ、すまない……っす……」

「気にするな」


 淑蘭と青玉はそのまま建明の控え室に入った。


「建明殿、いるか?」


 その時建明は玉蓉から霹天士が作った宝貝について教わっている最中だった。


「淑蘭殿と、青玉!?」


 不思議な組み合わせと、青玉の怪我に建明が驚いた。


「大丈夫!?」


 玉蓉がぱっと動いて、青玉を淑蘭から受け取った。


「俺は、まぁ。だけど……」


 青玉はうつむき言いよどんでいる。


「何があった?」


 建明が説明を促すと、青玉の目からぽたりぽたりと涙がこぼれた。


「すまない。俺が弱いばっかりに……。惠が……」


 青玉が説明を始めた。




 時は、青玉と惠が青年に呼ばれて付いていった頃に遡る。

 青玉と惠が青年に付いていていった先は、闘技場の外、それも裏手側の人がほとんど来ない辺りだった。


「斉天大聖がこんなところでなにを?」


 青玉の疑問は当然だ。


「ん、あぁ、それはこういうことさ」


 男が懐から出した符を惠の背に貼り付けた。


「不動縛符!」


 符に描かれた符印が力を発揮し、惠の体の自由を奪った。

 声すら出せなくなる完全拘束の符術だ。


「お前、何するっすか!?」


 身構えた青玉のみぞおちに男の蹴りがめり込んだ。青玉がその場にへたり込む。


「のこのこ来るなんて、お前ら馬鹿だね」


 男がせせら笑っている。


「俺は靂日洞の者さ」


 それは昊天一派であると言うことだ。


「じゃあ斉天大聖が呼んでいるというのは」

「もちろん真っ赤な嘘だ」


 男が舌を出した。作戦が上手くいったことを見てか、周囲の草むらから何人もの男が現われた。


「何のつもりっすか」

「それわざわざ聞くか? 人質に決まってるだろ」


 青玉は地面を掴んだ。


「発飛石!」


 青玉が術を使った。地面に転がっていた小石がつぶてになって男に向かって飛ぶ。


「うわっ」


 男が一瞬体勢を乱した。

 その隙に青玉は惠の背中の符を剥がそうと手を伸ばした。

 が、その手は届かなかった。


 直前で後ろから襟を掴まれ引っ張られたためだ。


「このやろう!」


 石つぶてを受けた男が青玉の頬を殴った。


「あーいてえ。いいか、お前はちゃんとこれをあいつに伝える役だ。2回戦、わざととばれないようにうまく負けるように伝えろ。もしできなかったら」


 男は惠の方に一瞬目を向けた。


「この巨乳が……ほんとでけえな」


 二度見した。


「おい、真面目にやれ」

「お、おう。ま、どうなるかは想像に任せるよ。幸せにはならないと思うけどな」

「卑怯者め」


 青玉が吐き捨てると、男は笑った。


「そうとも、俺たちにはもう張兄に優勝して貰う以外に道はないのさ。そのためならなんでもやるさ。まずは少し、その体に教えといてやるよ」


 そう言って、男は拳を握りしめた。





「それで、建明に知らせなきゃとここに……」


 青玉の説明は以上だった。


「仙道の風上にも置けない卑劣な連中だ」


 淑蘭は控え室の入口近くで腕を組んで壁により掛かっていた。

 仮にもこれから戦うかもしれない同士なれ合うことはしない、と言って入口近くから奥に来ようとはしないのだった。


「あいつら!」


 玉蓉が勢いよく立ち上がって控え室から出て行こうとした。


「玉蓉!」


 建明が呼び止めるが、玉蓉は止まらない。


「探して説得してくる!」

「探すあてないだろ!?」


 玉蓉の足が止まった。振り返る。


「あてがなくても探さなきゃいけないじゃない!」

「あてならあるっす」


 とは青玉。


「俺が飛ばした小石、ひとつだけ惠の服の内側に入れたっす。俺の力がこもったままだから、探せるっすよ」

「どこ!?」

「方角はここから南南西。玉蓉、これを」


 青玉が手を伸ばした。玉蓉が受け取ると、丸い小石だ。かすかな力で南南西の方に転がろうとしていた。


「これが転がる方向に行けば、いるっす」

「途中で落ちてるとか、そういうことは?」

「ないっす。谷間に挟まってるっす」

「ありがとう、青玉」


 玉蓉は小石を握りしめた。


「俺も行く」


 建明は立ち上がったが、玉蓉が止めた。


「建明は駄目。休憩終わったらすぐ試合でしょ?」


 建明の試合は2回戦の第1試合の予定だ。


「建明殿が試合に出なければかえって人質が危険だ。代わりに私が行こう」


 淑蘭が行くと言い出したのは建明達には全く意外だった。


「なぜ?」

「不正義を見て何もしないのは、我が洞府の主義に反する。それに、私はお前と決勝で戦いたいんだ。人質を取られたからといって負けて貰っては困る」


 淑蘭の顔に迷いはない。すがすがしい顔だった。


「ありがとう。淑蘭殿、頼む」


 連中も静運山の道士、まさか玉蓉相手に手荒なことはしないとは思うが、淑蘭もいれば安心して任せられる。


「任せてくれ。建明殿は、なるべく時間を稼いでいてくれ」


 淑蘭と玉蓉が控え室から出て行った。


 後には建明と青玉の二人が残された。


「なぁ、建明。笑えるっすよね。通天教主様の弟子とかエラソーに言っといて、このざまっすよ」


 青玉は顔を伏せ、目元を手で覆っていた。


「笑えるもんか。俺だってついこないだまでそんなもんだよ。これから強くなろうぜ、青玉」

「……そうっすね」


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