第18話 一回戦ですか
同じ頃、建明も組み合わせ表を見ていた。
一回戦の相手は王国翔。前回大会の準優勝者だという。
控え室には建明の他に、玉蓉が来ていた。惠と青玉は観客席にいて、応援と対戦相手の情報収集役を買って出てくれている。
通天教主はいてもトラブルになるだけだと開会前にさっさと洞府に戻ってしまったし、孫悟空はがんばれよ、と言い残してどこかに去っていった。
結果建明には相手についての情報が全くなかった。
国翔については予選での実況で得た『前回の準優勝者で、火遁をよく使うらしい』という程度しかない。
玉蓉は前回大会も見に来ていたはずだが、戦いには興味なく、ずっと屋台を巡っていたらしい。
「出たとこ勝負だな」
建明の言葉に玉蓉が頷いた。
「2回戦の相手の偵察は任せて。私たちでしっかり見とくから」
「頼むよ」
建明が一回戦を勝てば、次は昊天か申林波という道士と戦うことになる。
どちらが勝ち上がるかわからないが、やはり戦う前に情報は欲しい。
「それじゃあ、観客席の方で見てるからね。がんばってね」
試合が始まるより先に観客席に戻るため、玉蓉が出ていった。
一人残されて、建明は目を閉じた。
予選での感触を振り返れば、十分に戦える力はあると思っても良さそうだった。多少不意打ち気味だったとは言え、一瞬で勝負を決めることができたのだ。
どこまで通用するだろうか。
参加するからには優勝を狙いたいが、淑蘭の戦いを見て、そう簡単にいく相手とは思えなかった。他にも実力者はいるだろう。
まずは一回戦。
建明は気を集中した。
扉が開き、係員が呼びに来た。
「姜道士、そろそろ試合場にお願いします」
建明は頷いて、控え室をでた。手には一本の棍を手にしている。
控え室から試合場に続く細い通路を通っていく。
通路の出口が白く輝いていた。
『実力者王国翔に挑むのは、予選を5秒で終わらせた瞬殺男! 斉天大聖が認めた男の実力はいかほどなのか、これは目が離せません!』
木吒が観客席を煽っている。
『火遁を得意とする王国翔が勝つのか、それとも姜建明が修行の成果を見せつけるのか。下馬評は王国翔が優勢とみて建明のオッズは1.8倍となっているがはたして!? さぁ、姜建明の入場だー!』
歓声が爆発している。
前大会の準優勝者と、誰も予想していなかったダークホースというカードに、観客は熱狂しているようだった。
建明は心の沸き立ちを抑えながら、試合場に足を踏み入れた。
遮るもののなくなった歓声が耳と体を打つ。
試合場の中央では、剣を提げた初老の男が立っていて、入場する建明をじっと見ている。彼が国翔だろう。
建明は国翔の目の前まで歩いて行った。
5メートルの距離を開けて立ち止まる。
『双方、構えて!』
金吒の声が響いた。
国翔は動かない。
建明は、棍を国翔に向けて構えた。
『はじめ!!』
鐘が鳴った瞬間、建明は早速仕掛けた。
(初見必殺!)
「操木式・列柱!」
国翔の周囲に柱を立てる。
何をする気だ、と国翔が柱を一瞥した。
その一瞬が命取りになる。
「刻符! 律令をもって万物を封じよ!」
柱に符印が刻み込まれた。
「しまっーーー!」
国翔がその符印を読み取って失敗に気づいた。
だがもう遅い。
「封気縛仙陣!」
符陣が効果を発揮し、国翔を束縛した。
「ぐっ」
国翔が陣を破ろうと、気を集中させ始めた。
「させるか。操木式・大槌」
建明は国翔に飛びかかりつつ、棍を槌にし、さらにその頭を巨大化させた。
大きい。
樹齢500年の大木をそのまま槌にしたかのような大きさだ。
国翔が唖然と大槌を見た。
「潰れろ」
大槌が真上から振り下ろされた。
封気縛仙陣の中にいる国翔は避けることも守ることもできない。
大槌が国翔を潰した。
闘技場が静まりかえった。
『太極図が王国翔の死亡を確認しました。勝負あり!』
金吒のよく通る声が勝敗を告げた。
歓声が沸き起こる。
『勝者、姜建明!!』
『きたー! ダークホース姜建明、優勝候補の一角王国翔をまさかの瞬殺―!!』
木吒の声は興奮している。
試合場内では太極図による復元作業が始まっていた。
大槌と列柱が散り、国翔の体が回復していく。
体が完全に回復してから、月国翔は目を開けた。
「やられた……か……」
国翔は悔しそうだった。
「符を飛ばさずに符陣を築かれるとはね。予想していなかった。おそれいったよ」
「いえ、一瞬気を取られてくれたおかげです。分かっていれば対処する事はできたでしょう?」
建明は不意打ちが成功したに過ぎないことを自覚している。
「分かっていればな。しかし分かっていなかったのだから、仕方ない。おめでとう」
国翔はそう言い残すと、控え室へと戻っていった。
『勝者姜建明に、もう一度盛大な声援を!』
木吒の声に、再び観客席が沸いた。建明は手を上げて歓声に応えてから、控え室へと戻っていった。
次の試合は、昊天と申林波の戦いである。
この戦いは、実力で勝っていた昊天の勝利に終わった。昊天は予選と同じく符や術だけで申林波を下し、奥の手を秘めたまま2回戦に駒を進めたのである。
「うーん……」
玉蓉が観客席でうなっていた。
「今の試合見る限り、建明が負けることはないんじゃないすか?」
と楽観論を述べたのは青玉である。
「昊天が全部の手を見せてればね。でもそうじゃないと思うの」
「へぇ、なんで?」
「あの昊天が、養父様の宝貝を持ってきてないはずない。まだ隠してる」
「父様というと、あぁ、霹天士っすね」
玉蓉は頷いた。
「養父様は宝貝作ってばかりいたから。というか、弟子に教えるより自分一人で作ってたいって人だったからね」
「それを昊天が持ってるはずだと?」
「そう」
玉蓉は腕を組んだ。
「惠、青玉、少し試合見てて。私ちょっと下行ってくる。私の知ってるやつだけでも、建明に伝えとかなきゃ」
言うやいなや、玉蓉は小走りに走って行った。
「いってらっしゃい!」
青玉はその背中に声だけ送って、試合場に目を戻した。
そろそろ第3試合が始まろうとしていた。
『さぁ皆様お待たせいたしました。次は第3試合、まずはこの人から紹介しよう。清虚道徳真君門下、そうご存じ優勝候補最筆頭! ”麗剣天花” 荆淑蘭!!』
これまでのどの試合よりも大きい歓声が轟いた。
「淑蘭様―!」
という、男女入り交じった熱い怒号のような声援が飛んでいる。
淑蘭の名前を染め抜いた大きな旗を振る者までいた。
「すご」
惠が耳を塞いだ。ウサギの耳にはこの音量は少し大きすぎるのだろう。
「美人で強くてエリートで、まぁ人気になるわけっしょ」
青玉は複雑な心持ちで淑蘭を見た。
その二人の肩を叩く者があった。
「いたいた! 君たち確か、姜建明の関係者だよな?」
「そうすけど?」
青玉が振り返った。そこにいたのは人の良さそうな見知らぬ青年だ。
「よかった。斉天大聖様が、内緒の用事があるらしいんだ。ちょっと一緒に来てくれないか?」
「なんすか?」
「俺も言われただけだから分からないよ。大聖様に直接聞いてくれ」
「わかったっす」
青玉は立ち上がった。
崑崙十二大師の弟子が活躍するところなど、できればあまり見たくないのだ。
「そっちの彼女も」
「私も?」
「そうそう。二人に用事らしいんだ。」
「けど私、ちゃんと試合見とかないと」
「建明についての大事なことらしい。とにかく急いで来てくれって」
惠の目の色が変わった。
「行きます」
「よかった。それじゃ、ついてきてくれ」
青年が観客席の出口へと向かって歩いて行った。
青玉と惠がその後をついていく。
青玉と惠は知るよしもない。その男は、もし玉蓉がここにいれば、決してついていくことはない男だった。




