第15話 大会はまだですか
「おや、これは珍しい人物がいるな」
闘技場内に入ってすぐ、背後から声がかけられた。
建明は振り返ってみたが、知らない人物だ。姿は老人だが、体は全く衰えを感じさせず、筋骨たくましい。左腰には宝剣が提げられていた。
誰に声をかけたのかとみていると、孫悟空が片手をあげた。
「よう、道徳真君」
孫悟空の応答で、建明にもその老人が誰か分かった。崑崙十二大師の一人、清虚道徳真君だ。
「孫行者、こんなところでどうしたのだ?」
「インソツだよ」
孫悟空が建明たち5人を手で示した。
「引率? 似合わないことをしておるな」
清虚道徳真君が建明たちを一人一人見ていく。
その目が通天教主で止まった。
変装は完璧なはずだ。
だが、清虚道徳真君は手を重ねて腰を折った。
「お久しゅうございます、師叔」
その礼は、清虚道徳真君が通天教主の変装を見抜いたことを示していた。
元始天尊の弟子である清虚道徳真君が師叔、すなわち師匠の兄弟子と呼ぶ相手は、太上老君か通天教主の二人しかあり得ない。
「あぁ。万仙陣以来だな」
万仙陣の戦い。殷周革命における闡教と截教が総力を挙げて戦った、仙人同士の争いとしては過去最大級の戦いだ。
この戦いで截教は道士のほとんど全員が戦死し、殷周革命の大勢が決したのだ。
「その節は……」
「よい。勝敗は戦場の常だ」
通天教主はおおらかに返しているが、内心がそんなものではないことを建明は良く見知っている。
「ご壮健でいらっしゃいましたか」
「もちろんだ。この体は万劫不壊ぞ」
「お慶び申し上げます。今回は観戦ですか?」
通天教主は意味深に笑った。
「いいや。教え子が出るのでな、送りにきただけだ」
通天教主は建明の背中をたたいた。
「……弟子を?」
「いや。こいつの師匠は玉鼎の弟子だった霹天士だ。知っているだろうが、師匠が死んで、生き迷っていたところを拾ったのだ。師匠は変えんと言ってきかん。私は成長を手助けしただけに過ぎない」
「霹天士殿の。もしや、噂の姜道士では?」
通天教主の肘が賢明をつついた。自己紹介しろというのだ。
「道士姜建明です。よろしくお願いします」
建明は腰を折った。
「清虚道徳真君だ。今大会は私の弟子も出るのだ。良い戦いをしてくれ」
清虚道徳真君の斜め後ろに控えていた女が一歩前に進み出てきた。
「私は荆淑蘭。よろしく姜道士」
強い。
建明は直感した。
崑崙十二大師の直弟子となれば、そもそもただ者であろうはずがないが、それでもやはりという感じがした。
「よろしく、荆道士」
「淑蘭で構わない。共に道を志す同輩の道士なのだから」
「わかった、淑蘭殿。ではこちらも建明でいいよ」
「そうか建明殿。比武の場で会えることを楽しみにしているよ」
負ける気など微塵もないが、と表情が語っている。
「こちらこそ」
建明も負ける気はない。
「くー、いいねぇ! その戦いは俺も楽しみだ」
孫悟空が手を叩いた。
「さぁほら建明、早く作戦会議すんぞ」
孫悟空がさっさと歩き出した。挨拶もそこそこに、建明たちが慌ててその後を追った。
その後ろ姿を、清虚道徳真君と淑蘭がずっと見つめていた。
「師匠、良いのですか?」
淑蘭がそう尋ねたのは、通天教主のことだ。
放置していいのか。
淑蘭の問いかけはその意味である。
「……かつて我らは、彼一人を抑えるのに元始天尊様と太上老君様、それに十二大師の全員でかからねばならなかった」
「はい」
「それに加えて孫行者もいるとなれば、私一人のこの場でなにができようか。まさか手を組んだのではないとは思うが……」
清虚道徳真君の目は険しかった。
「斉天大聖は、何をしようとしているのでしょうか」
「嗚呼、淑蘭。お前の師父は全知でも全能でもないのだぞ。そのことを忘れずに質問してくれないか」
「失礼いたしました」
「よい。それはわしが備えよう。お前は大会に専念するように」
「はい師父」
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