第14話 兄さんだった人ですか
比武大会。
建前は、道士の修行の成果を見るとともに洞府間の交流を図る、ということにある。
50年に1回行われ、下界干渉をしないと決めた仙界において、数少ない娯楽の一つとなっていた。
会場は崑崙山麓。
建明は、通天教主に連れられ、玉蓉、惠、青玉と共にやってきていた。
「すっご」
その会場を見て、建明は圧倒された。
仙界には珍しい、非常に巨大な石の建造物だ。
「遙か西の大秦国にあるという闘技場というものを模して作ったものらしい」
通天教主は術で変装して別人の顔をつけている。
通天教主がいるとわかれば大騒ぎになりかねないためだ。隠遁している身である。
「仙界にこんなものがあったんですね……」
仙界の建物は基本的に華美を嫌い、最小限の小さいものが多い。
「仙道の多くが集まる、となるとこれで最小限だというごまかしだ」
「はぁなるほど」
「懼留孫とその弟子たちが石を切って積み上げ仙術で固め、太乙真人が観客席を守る結界宝貝を設置、大会中はさらに太上老君が太極図を展開しておく。無駄遣いここに極まれりと言ったところだな」
「太極図まで持ち出すんですか」
太上老君の持つ秘宝の中でも特級の宝貝だ。
その力のすべてを把握しているのは太上老君ただ一人だが、噂では、太極図の展開範囲内では『なんでもできる』という。
「そうとも。故に、勝敗はどちらかの死亡によって決まる。太極図が蘇らせるからだ」
闡教では殺生は厳禁。だが太極図の展開内であれば蘇らせることができるから、殺生には当たらない。
「手加減無用、というわけですね」
「そうだ。太上老君が雷公鞭を試し打ちしても大丈夫だったというから、どんな宝物を持ち出そうと、壊されることはないという触れ込みだ」
通天教主の顔は何か別のことを言いたげだった。
「教主様なら破れる、とお考えですか?」
「いくつか試してみたいことはある。だが建明、おまえには私の宝物は貸さんぞ」
「大丈夫です」
「まぁまぁそんなことよりさ」
玉蓉はうずうずしてるといった様子で、辺りを見回していた。
闘技場の外には出店が並び、様々な食べ物や飲み物が売られていた。
「何から食べる?」
玉蓉の興味は今、そこにしかない。
「玉蓉、あまり食べると太るよ」
惠がチクリと嫌みを言った。
「ふふん、平気だよ。惠こそ、あそこに生えてる草美味しそうじゃない? 食べてきたら?」
と玉蓉が指さしているのは、屋台の後ろに生えている草むらだ。
「よせよ二人とも。何でそんなに仲悪いんだ」
建明は二人のにらみ合いを制した。
この二人はずっとこんな調子だ。
何かあったわけでもないはずなのに、なぜこんなに仲が悪いのか建明には理解できない。
青玉がため息を一つついた。理解できていないのは建明だけだ。
「屋台より先に、どうやらお客だぞ」
「客?」
建明たちが通天教主の示す方向を見ると、道士の一団がこちらに向けて歩いてくるところだった。
知っている顔だ。
先頭を歩いているのは昊天。
後ろに固まっているのは兄弟子たちだ。昊天たちも建明に気付いていて、まっすぐに向かってきている。
昊天は建明を見ていない。
その目が見ているのは玉蓉。
玉蓉の顔が緊張した。
昊天たちは玉蓉の目の前で止まった。
「探しましたよ、玉蓉様」
玉蓉は、ぷい、とそっぽを向いた。
「探してくれと頼んだ覚えはないよ」
「そんな態度では困ります。師匠の遺言はご覧になったでしょう」
昊天は子供をあやすように語りかけている。
「知らない」
玉蓉の方は口をへの字にしている。
「そう言わずに。一度ゆっくり話し合いましょう」
昊天が玉蓉をつかもうと手を伸ばした。
建明はその間に体を入れた。
「妻でもない女性を許しも得ずに掴むなど、君子の行いとはいえませんよ、張兄さん」
昊天がようやく建明を見た。
「誰かと思ったら、建明じゃないか。まだ仙界にいたのか?」
「この大会に私も出ますので」
「おまえが?」
昊天は大きな笑い声を上げた。後ろの兄弟子たちも笑い始めた。
「草木を育てることしかできないお前に何ができる! ははは!」
「草木を育てることしかできない俺に何ができるか、後で見せてやるよ、張昊天」
建明は昊天に敬意を示すのをやめた。
よく考えてみればもう別にその必要はないのだ。
昊天は、建明に呼び捨てにされたことがかんに障ったようだ。あからさまに眉間にしわを寄せた。
「ずいぶんな口をきくようになったじゃないか。農場と間違えて闘技場に来てしまった勘違い君が」
「洞府を追い出されたからには関係ないな。道場で一番でも戦場では違うって分からないのかなカエル君は」
建明はわざと韻を踏んで煽った。
「ふん。実力もないのに大きな夢を見ていると大けがするぞ」
「はっ。人に送った言葉はそっくり自分に返ってくるそうだぞ」
「お前……。誰に取り入ってこの大会に参加できることになったのか知らんが、よほど見る目のないやつなんだろうな」
建明と昊天が挑発し合っているところに、
「おーぅい!」
と素っ頓狂な声が響いた。
見ると、孫悟空が串を頬張りながら歩いてきていた。
「せ、斉天大聖様!」
取り巻きの兄弟子がざわめいた。
「建明、遅いじゃないか」
孫悟空は緊迫した空気を意にも介さずすたすたと建明に歩み寄り、笑顔で肩を抱いてきた。
孫悟空は空気を読まない。
読む必要がない。
なんなら読む気もない。
「俺は待つのが嫌いなんだから、早く来てくれないと困るぞ。お前は俺が参加推薦したってこと、忘れんなよ」
「すみません」
「まぁいいがね。おかげでこの旨い串焼きに出会えた。玉蓉、一本やるよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
玉蓉も孫悟空の気楽な雰囲気に急には合わせられない。
毒気を抜かれたような顔で串を受け取った。
「で、こいつらは?」
孫悟空が昊天たちを見た。
「私は張昊天と―――」
「あっそう」
孫悟空は興味なさそうに手を振って昊天の挨拶を遮った。
「見る目がない俺の自己紹介はいらないよな。さて行こうぜ、建明、玉蓉。飯まだだろ?」
孫悟空に引っ張られ、建明たちは闘技場へと向かった。
昊天の後ろで、兄弟子達が囁き合っていた。
「まさか、斉天大聖様が建明のやつを?」
「ばかな、建明だぞ?」
「どうなってるんだ……」




